散歩中に敵対マフィアに襲撃されたガナッシュとブラバンダー。普段ならどうということのない弱小相手にガナッシュは怪我を負わされてしまう。
※ブラバンダーがスクアーロやテュールと同じく「剣士」という設定で書いています。
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――やっちまった。
ガナッシュは自分の身体がゆっくりと崩れ落ちていくのを感じた。
銃が指から離れてからからと石畳を転がる。苦痛が、はちきれんばかりに腕を締めつけた。そうか、オレはやられちまったんだ――。裂けたシャツのあいだから飛び散る鮮血をどこか他人ごとのように思いながら、ガナッシュは、雲に覆われて黒ずんだ空からぽつぽつと雨が落ちてくるのを見ていた。
あまり事を荒立てたくないと言ったのはブラバンダー・シュニッテンだった。弱小マフィアの襲撃で、気楽な散歩は突如として血なまぐさい攻防に変わった。ボンゴレに敵対するものを許すつもりはない、だが、こんな小さな街で騒ぎを起こせば厄介なことになるのは目に見えている。マフィア同士の争いに市民を巻きこむわけにはいかない。この場はひとまず逃げて姿を隠そうと提案した彼にガナッシュも同意し、二人揃って物陰から飛びだすと、ガナッシュは銃を、ブラバンダーは剣を片手に裏道を走りだした。
だが、敵がそれをみすみす見逃すはずもない。
ひゅんひゅんと風を切る音が聞こえ、ガナッシュは銃を構えてふり返った。ナイフのような柄のついた刃が回りながら飛んでくるのが見えた。度重なる実戦と訓練の中で鍛えあげられたガナッシュにはどうということのない攻撃だ。ひとつを避け、もうひとつを銃把の底を叩きつけて打ち落とすと、相手の驚愕した顔めがけて脅しのつもりで銃口を突きつけた。
だが、そのそばにもうひとり潜んでいた。そいつの袖口に鈍く光るものがあるのに気づき、とっさに身体をひねろうとした瞬間、投げつけられた刃が手の甲から肘にかけて肉ごとシャツを切り裂いた。血が吹きだし、苦痛が悲鳴となって喉から溢れた。
先を走っていたブラバンダーがふり返って叫んだ。
「――ガナッシュ!」
……それから、どこをどう歩いてここまで辿りついたのか記憶にない。
気がつくと、古い建物の一室で木の椅子に腰かけ、自分の腕にブラバンダーが黙々と包帯を巻くのを眺めていた。あたりにはつんとした消毒液のにおいがたちこめ、血のついたガーゼやピンセットが無造作に机に転がっている。外は雨で、水滴がガラスの窓にひっきりなしに流れ落ちていた。天井から吊るされた古いランプがちかちかと頼りなげに明滅し、ほこりのつもった板張りの床を照らした。
ラジオから、ノイズまじりの音声が響く。伝えているのは、市街地で起きた殺人事件についてだ。
このあたりで近頃睨みをきかせていたマフィアが数人血だらけで倒れているのが見つかった、と地元ニュースの司会者が興奮気味にまくしたてている。そのどれにも刃物を突きたてられた跡があり、現場の状況から、その一撃が致命傷だったらしいことがうかがえる、と。
ここがどこで、あれからどのくらいの時間が経ったのか、ガナッシュには皆目見当がつかなかった。ブラバンダーはとうとう一言もしゃべらないまま包帯を巻き終えると、ラジオを消し、立ちあがってどこかへ行ってしまった。ガナッシュはブラバンダーの背中を見つめ、それから自分の腕に目をやり、丁寧に巻きつけられた包帯に触れた。ちりちりと走る痛みに顔をしかめながら、終止うつむいたまま無言だったブラバンダーの顔を思いだす。
(……あいつ、怒ってたな)
予想というより確信に近かった。本人がそうだと口に出さなくても、目を見ればそれがわかった。
ブラバンダーめ、間違いなくオレに腹を立ててやがる。
あの程度の敵相手に負傷してしまったからだろうか。それとも、こんなふうに余計な手間をかけさせたからだろうか。おそらくそのどちらもだ。ガナッシュは深いため息をついた。ブラバンダーが怒るのも当然だろう。剣士は何より誇りを汚されることを嫌う。その尋常ならざる剣技から「剣帝」の美称を我がものとしたテュールが、そして敵の情けを突き放して死を選ぼうとしたスペルビ・スクアーロがそうであったように。
ブラバンダーにとっての誇りとは九代目、そしてボンゴレそのものであり、敗北は九代目の顔に泥を塗るのと同じことだ。あいつは、ボンゴレの名誉を傷つけられたことに怒ってるんだ。
これほどまでに自分を情けないと思ったことはなかった。ボンゴレとして、なにより九代目の雷の守護者として、せいぜい街でいばってみせるくらいしか能のないちっぽけな組織相手に血を流してしまうとは。ガナッシュは思わず立ちあがり、うろうろと部屋の中を歩き回った。九代目やコヨーテにどう説明すればいいのだろう、街中でふいに襲われて、いつもならなんでもないような敵相手に商売道具にもひとしい利き腕をやられて、しかも、街じゅうが大騒ぎになるほどの殺人事件を起こしたって?
「……立ちあがれるのか」
通信端末を片手にブラバンダーが戻ってきた。
「当然といえば当然か。足はやられていないから」
ガナッシュはぴたりと動きを止め、ぎこちない動作で椅子に戻った。ブラバンダーも向かいに座り、膝を突きあわせるような恰好になる。
二人はしばらく無言で互いの顔を見つめあった。なんだよ。なんとか言えよ。澄ました顔しやがって。
「本当は」
沈黙に耐えかねたガナッシュが何か言おうと口を大きく開けた瞬間、ブラバンダーが唐突に声を発した。
「本当は、どこか手近な病院へ連れていきたかった。しかし、これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。現場は警察と野次馬で溢れている。むやみに歩きまわれば目をつける輩もいるだろうし、死んだマフィアの仲間がオレたちを探しているかもしれない。おまえの怪我の程度は正直なところよく分からない。幸い、傷自体は深くないようだが、傷口の具合はあまり思わしくない。もしかすると跡が残るかもしれない。とりあえずの応急処置はしたが、オレの知識ではこれが限界だ。ちょうどコヨーテとニーが近くの街にいたから、今から迎えにきてくれる。ニーの晴れの炎で止血ぐらいはできるだろう。あとは本部で医療班に然るべき処置をしてもらえ」
早口で言って、疲れたように息をつく。「九代目になんと説明するか、考えておかなければ」
「お……おう。その……」
ガナッシュはもごもごと口を動かした。
ありがとう、とか、すまなかった、とか、いろいろ言いようはあるはずなのに、いざ真正面から向かいあうとうまく言葉が出てこない。下手なことを言えば余計に相手を怒らせてしまうのは目に見えている。
いっそ激しくなじってくれればこちらもほっとできただろうに。ブラバンダーの無言の怒りは、遠回しに責められているような、自分の知らないところで誰かに非難されているような居心地の悪さを感じる。コヨーテが怒るより、九代目が怒った方が怖いのと同じだ。炎のように煮えたぎる激しい怒りよりも、氷のようにしんと冷えた目つきに見据えられることの方がガナッシュにはよっぽど恐ろしかった。めったに怒ることのない九代目だからこそ、そんな効果があるのかもしれないが。
「その……悪かったよ、ブラバンダー」
ガナッシュはなんとか声を絞りだし、うつむいた。
「怒ってるよな……当然。本当に悪かったよ。オレがあんな奴らにやられたせいで、ボンゴレの、九代目の名に傷がついちまった」
「ボンゴレの?」
ブラバンダーの眉がぴくりと動いた。
「おまえは、オレがそんなことで怒っていると思っているのか?」
「なんだよ、違うのか?」
ガナッシュは目を丸くしてブラバンダーを見つめた。「だっておまえ――オレの手当てしながら、すっごい険しい顔してたじゃねーか。あんな奴らにやられちまったオレが情けなくて怒ってるんじゃないのか?」
この返答に、ブラバンダーは一瞬あきれたような顔になった。それから急に怒ったように眉を吊りあげた。
「おまえは思い違いをしている」
喉の奥から押し出したような声だった。ガナッシュは思わず黙りこみ、ブラバンダーの冷えた眼をおそるおそる見返した。
「確かに、オレが剣を振るうのはボンゴレのためだ」
ブラバンダーが言った。
「だが、それだけじゃない」
雲間が白く光り、うつむいたブラバンダーの顔を青白く照らしだした。
外の雨が、ますます強くなりはじめた。建物の外を誰かがぱらぱらと走っていく音がした。
「九代目のことは尊敬している。オレがこうして剣を握っていられるのは、すべてあの人のおかげだ。あの人がいなければ、オレはきっとボンゴレに身を置いてさえいなかった。あの人のためにならば、なんでもできる。誰かを斬るのにもためらいはない。それがあの人の、ボンゴレのためになるのなら」
「だったら怒って当然じゃないのか。オレは……九代目の顔に泥を塗っちまったわけだし。こんな小さな街で殺人事件なんて騒ぎを起こしてさ。死んだやつらはこの街の人間にとっちゃろくでなし同然だったかもしれないが、それでもそれがボンゴレの仕業だと知られたら……」
ガナッシュは頭を抱えたくなった。コヨーテが怒って義手を振り回すのが目に見えるようだ。九代目も決してこころよい顔はするまい。
「とにかく、今回のことは謝るよ。全部オレの責任だ。おまえは何も悪いことはしちゃいない、オレがあんなやつら相手に油断したせいだ。だから」
「話を聞け、ガナッシュ。オレは」
少し言いにくそうに言葉がよどんだ。「……やつらが、ボンゴレを。おまえを傷つけたことに対して怒ってるんだ」
「オレを?」
驚いてとっさに自分を指さしたガナッシュに、ブラバンダーはこくりと頷いた。
「沢田綱吉様は、誇りとは仲間であり、友人のことだとおっしゃった。ボンゴレは仲間のために戦うのだと。民衆を虐げるものに立ち向かい、ファミリーと友人たちには寛容と慈しみを与える、それがボンゴレの進むべき道なのだと。オレにとっての誇りとは、九代目、そしてボンゴレであり、共に生きる仲間たちそのものだ」
仲間、という言葉を口にするとき、ブラバンダーの眼はひとたび炎のようにゆらめいた。
「おまえの負傷がボンゴレの名を傷つけたというなら、オレがこんな小さな街で血なまぐさい騒ぎを起こしたのもボンゴレの名折れだ。それでも、あいつらがおまえを傷つけたのを、どうしても見逃すことができなかった」
傷だらけの手が持ちあがって、ガナッシュの腕に触れた。
「おまえが無事で、よかった」
「……ブラバンダー」
ガナッシュは呟いた。
それからふっと笑って、安心させるように片手でブラバンダーの手をぽんと叩いた。
「こんな怪我、どうってことないさ。無理をしなきゃすぐに元に戻る」
「どうかな。跡が残るかもしれん」
「構わないさ。おまえと同じだ」
ブラバンダーは一瞬目を見開き、苦笑して友人の顔を見つめた。
「お互い、名誉の負傷になるといいがな」
「さあて、どうだろうな。九代目はともかく、コヨーテのおっさんがどう思うか。今ごろ、怒り心頭でこっちへ向かってきてるに決まってる……おっと」
ブラバンダーが顔をあげた。足音とともに戸を叩く音がした。机の上で通信端末の画面がぴかぴかと光った。
ブラバンダーとガナッシュは顔を見あわせ、手の甲を打ちあわせて笑った。戸の向こうがわから、いらいらと地面を踏み鳴らすコヨーテ・ヌガーと、これ以上老人の機嫌を損ねまいと必死になだめるニー・ブラウJrの声が聞こえてきた。
おわり
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