前夜

2012年10月の「REALMAFIA6」において頒布した無料コピー本の小説です。
継承式終了後の九代目守護者の話です(CPなし)掃除中に現物(紙の本)を見つけたので文字起こししつつ一部加筆修正しました。シモンファミリー編で継承式が行われたことにより十代目ファミリーが公認のものになった(敵をおびき出すという目的があったにせよ継承式そのものは無効になっていない)という前提で書いています。


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     前夜

「眠れないのか?」
 ささやくような声に、雷の守護者ガナッシュははっとして顔をあげた。
 ホテルの最上階から見渡す異国の街並みは、宝石をばらまいたようなネオンの光に彩られ、夜更けにもかかわらず煌々と輝き続けている。ガナッシュはとり落としそうになった空っぽのグラスを慌てて押さえ、声の主を見つめた。
「クロッカン……」
「考えごとか? 継承式が終わったのに、まだ何か悩むことがあるのか」
 グラスと水をとってくると、霧の守護者クロッカンはガナッシュの隣に腰を下ろした。ボトルの内側で蜜色にきらめく液体をグラスに注ぎ、唇をつける。ガナッシュはしばらくぎこちなく視線をさまよわせていたが、しばらくしておずおずとクロッカンを見上げた。
「おまえ……寂しくないのか?」
 クロッカンは目を丸くしてガナッシュを見つめた。「いきなりなんだ」
「だってよ、ボンゴレがとうとう十代目のものになったんだぜ。たとえ敵をおびき出す為に行われた継承式であっても、世間的には綱吉様が正統後継者だってことになったんだ。オレたちの引退はすぐそこだよ」
 酔いで舌足らずなしゃべり方になりながら、ガナッシュは子どもっぽく唇をとがらせた。
「コヨーテに守護者の指輪を渡せって言われたときからひやひやしてたけど、まさか継承式がこんなに早く行われるなんて夢にも思わなかった。コヨーテやビスコンティはともかく、オレは九代目の守護者になってからまだ十数年ちょっとなんだぞ。憧れの九代目ボンゴレファミリーの守護者になること、あの人をお守りすることを夢見続けて、ようやくそれが叶ったってのに……。もうしばらく夢の続きを見させてくれたっていいじゃねえかよ」
「何かと思えば、そんなことで悩んでいるのか」
「そんなこととはなんだ。オレにとっちゃ一大事なんだぞ。こんなままでイタリアに帰られるものか」
 にやついているクロッカンに、ガナッシュは怒ったように拳をふりあげた。
「それにいくら十代目といったって綱吉様はまだ十四歳のガキだ。あんな細くて小さな肩ひとつにボンゴレの業を背負わせられるものか。オレたちのほうがずっと年上で、もっとしっかりしていなくちゃなんねえってのに——……おまえも見ただろ。あの不思議な夢。十年後の未来の夢。あれにはオレの姿はかけらも見当たらなかった。つまり、あの十年後の未来じゃオレはとっくにいなくなっちまってるってわけさ。ミルフィオーレの兵隊どもにやられてな!」
 声が大きくなるのも構わずに、ガナッシュはわめいた。
「九代目の守護者だってのに、九代目をお守りすることさえできなかったんだ。それなのに、オレよりはるかに年下の子どもたちは、犠牲を出しながらも白蘭を打ち倒し、未来を、可能性を、自分たちの手に取り戻した。それにくらべてオレってやつは……」
「ガナッシュ」
「いいから言わせてくれよ、クロッカン。オレはな、自分で自分に腹が立ってるんだ。九代目を守れなかった自分に。そして、ボンゴレの業のすべてを十代目に背負わせようとしている自分に」
 握った拳が白くなる。奥歯がぎりっと音をたてた。
「オレは自分が立派な大人になったと思っていた。誰にも頼ることなく自分自身の足で歩いていける、ちゃんとした大人になったと。ところが実際はどうだ、未来ではミルフィオーレに負け、現代でさえ、十代目の雨の守護者が襲撃されるのを防ぐことさえできなかった。そしてその全てを、たった十四歳の綱吉様に……自分よりずっと年下の子どもに背負わせようとしているんだ。これじゃあオレたちが彼に守ってもらっているようなものじゃないか」
「……あんな細くて小さな肩ひとつに、ボンゴレの業を背負わせられるものか。おまえはそう言ったな」
 それまで黙って聞いていたクロッカンがぽつりと呟いた。
「自分で自分に腹が立っている、九代目を守れなかった自分に。十代目に全てを背負わせようとしている自分に、と」
「ああ、言ったさ。それがなんだっていうんだ」
「十代目には仲間がいる」
 クロッカンが微笑した。
「それに、守護者も。……九代目と同じように」
 ガナッシュは俯きかけていた顔をあげた。クロッカンはかすかに笑みを浮かべたまま、じっと見つめている。
「綱吉様ただひとりにボンゴレの業を背負わせるというのなら、確かにそれは馬鹿な大人のすることだろうな。しかし、彼には誇るべき仲間がいる。重い荷物も支えあえば少しは軽くなるだろう。オレたちはオレたちで彼らの持ちきれない荷物を一緒に背負えばいい。なに、綱吉様は自分ひとりで何もかも背負ってやろうと考えるような傲慢な人間ではない。その素直さで、我々のことも頼ってくれるだろうさ」
「けど……」
「十代目ならきっとうまくやってくれる」
 ためらいがちに口を開こうとしたガナッシュの肩に、クロッカンはぽんと手を置いた。
「事実、ボンゴレの脅威を……我々の組織に巣くっていた影も形もない霧のような闇を十代目は浄化させた。今まで誰にもできなかったことを、彼はやってのけたんだ。あのシモンでさえ今はもう彼の仲間だ。綱吉様はおまえが思っているほど弱くないし、『ダメツナ』でもないということだ」
 クロッカンはそう言って笑みを深めた。
「ガナッシュ、おまえもいい加減そんなふうに思い悩むのはやめろ。起きてしまったことは覆しようがないし、起きてもいないことに頭を抱えてもしょうがない。未来のおまえはミルフィオーレにやられてしまったかもしれないが、少なくとも今のおまえはこうしてここにいる。今のおまえにできるのは、目の前で起きていることに対してどうするべきかを考えること。できることを精一杯やること。そして……九代目や十代目の負担が少しでも少なくなるよう、とっとと寝床に入り、明日の朝にはフライトに間に合うようきちんと起きることだ」
 ガナッシュは一瞬きょとんとし、それから堪えきれずにくくっと笑った。その顔からは憂鬱の色が消えうせている。いつもの陽気な彼に戻っていた。
「それはちょっとばかしハイレベルな要求だぜ、クロッカン。今夜のオレはとことん飲むつもりだったんだ。ここに来たのが運の尽きだと思って、あと二、三杯付き合ってくれよ」
「まあ、おまえの二、三杯ならな。どうせすぐに酔っぱらって寝入るだろうし、構わんぞ」
「なんだと。よし、おまえがそう言うんなら何がなんでも最後まで飲み切ってやるぜ。もしオレが最後まで起きていられたら……」
 そのとき、二人の目の前にいきなりグラスががしゃんと音をたてて叩きつけられた。
 ぎょっとするクロッカンと、その場で思わず飛び上がりそうになったガナッシュに、グラスを握りしめた晴の守護者ニーのじっとりした視線が絡みつく。
「……私も仲間に入れてもらおうか」
「ニー?」
「二人きりで飲み明かそうたってそうはいかない。私とて君たちと同じ守護者なのに、ここへ呼んでさえもらえないのか!」
「オレたちを仲間はずれにするつもりだったのか?」
 おかんむりのニーの後ろで、雨の守護者ブラバンダーがいつもの無表情で立っていた。
「そ、そんなつもりじゃあ……」
 ガナッシュはたじろいだ。「オレがひとりで飲んでたところに、クロッカンがたまたま……」
「黙れ!」
 大声をあげて、ニーはずかずかと席に割りこんできた。どこかで買いこんできたらしい豆やナッツ、そのほか日本風の大量のつまみをテーブルに転がし、自分のグラスにめいっぱい酒を注ぐと、どうだ、といわんばかりの顔でガナッシュとクロッカンを見上げる。
「大丈夫か、ニー? 酒はあまり得意ではなかったはずだと記憶しているが」
「見くびってくれるな、クロッカン」
 ニーはきっぱりと言った。「私はボンゴレの晴の守護者だ。たとえ指輪を次代の守護者に譲り渡そうとも、私がボンゴレの守護者であることは未来永劫変わることのない真実。守護者としてやりとげねばならぬこともあるのだ!」
「もう酔ってる? 本当に大丈夫か? ブラバンダー、おまえも飲むんだろ?」
「当たり前だ」
 傷だらけの顔に、ブラバンダーはかすかに笑みを浮かべた。
「今夜は最後の最後まで付き合ってやる。コヨーテたちはどうする? 呼ぶか?」
「いらねえよ!」
 ガナッシュはぶんぶんと首をふった。
「出発前夜にこんなことをしていると知ったら、コヨーテのおっさん、かんかんに怒るに決まってる。たまには若者だけで飲んでやろうぜ」
「若者、か。まあコヨーテたちに比べればな」
 クロッカンの言葉にあわせて他の三人もにやりとする。四人はグラスを掲げ、現当主の守護者としての最後の晩餐会を始めた。

     ◇

「……いいのか? 出発は明朝だぞ」
 扉の陰に隠れて、老人たちがこそこそ囁きあう。
 ひとりは九代目、そしてあとの二人は嵐の守護者コヨーテと雲の守護者ビスコンティである。ビスコンティは扉の隙間から若者たちの様子を眺め、ため息にも似た長い吐息をついた。
「継承式が終わったとはいえ、やるべきことはまだ大量にある。イタリアで我々の帰りを待っている皆も、飲んだくれの相手をするほど暇じゃあないぞ」
「よし、ここはオレが出ていって一発がつんと……!」
「なに、構わんよ」
 さっそく袖まくりをして進んでいこうとするコヨーテを引き留めたのは九代目だった。
「彼らだって、継承式の準備や、色んなことの帳尻合わせでくたくたになるまで働いてくれたんだ。たまにはあんなふうに若者同士で飲む時間があってもいいんじゃないかい」
「だが、ティモッテオ……!」
 コヨーテは大声をあげそうになった。だが、九代目の空にも似た瞳に見つめられると爆発しそうになっていた怒りもたちまちにしぼんでしまう。コヨーテは口をぱくぱくさせてから、空気の抜けた風船のようにがっくりとうなだれた。
「まあ見逃してやらんでもないが……おまえがそう言うのなら……」
「朝になっても寝ぼけているようだったらコヨーテが平手の一、二発かましてやればいいだろう」
 ビスコンティがにやにやしながらコヨーテの肩を叩く。
「それよりどうだ。老いさらばえた者同士、たまには三人で仲良く一杯やろうじゃないか」
「てめぇ、それが狙いか」
 コヨーテはビスコンティを睨みつけ、にやりとした。「どうする、ティモッテオ?」
「酒か」
 九代目は目を丸くし、頷くと、守護者二人に微笑みかけた。
「そうだな。たまにはいいかもしれない。私はあまり飲めないけれど、久しぶりにおまえたちの話をじっくり聞かせてもらうとするか。コヨーテ、ビスコンティ、日本での最後の夜にふさわしい、楽しい話を聞かせておくれ……」

 夜明けはまだ遠く、日ははるか向こうに沈んでいる。
 肩を並べて歩く老人たちの背に、酒を酌みかわす若い仲間たちの明るい笑い声が響いた。

     おわり

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