冷たい焔(古里炎真夢)

旧サイトに掲載していたものを一部修正しました。継承式の舞台となる古城へ向かうシモンファミリーの炎真の独白。
※ヒロインはツナの姉です(名前のみ登場)

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 その時の僕はきっと、かなり変な顔をしていたのだと思う。
「緊張しているの?」
 アーデルハイトが声をかけてきたのもそんな理由からだろう。
 僕は首をふって、それまでどおりに歩きだした。空気がぴんと張りつめている。先を行く仲間たちは皆黙りこんだままだ。沈黙したままの背中がなんだかひどく辛そうに見える。
「だいじょうぶ……少し考えごとをしていただけだから」
 うつむいたまま答える僕に、アーデルハイトは、そう、とだけ言ってまた前を向いた。
 アーデルハイトの言いたいことは分かる。戦いはもうすぐそこに迫っている。今まで以上に気を引き締めていかなくてはならない。
 継承式で僕たちは<罪>を取り返す。
 かつて初代シモンがボンゴレに嵌められて殺されたとき、ボンゴレは己の失態を隠すため、初代シモンの死の真実を抹消し、シモンの生き残りにすべての罪を被せて戦犯として扱った。僕たちシモンファミリーは永遠の罪人と蔑まれ、後ろ指をさされながら、逃げまどうようにして生きのびなければならなかった――昔から、今の今に至るまでずっと。
 この戦いは僕たちシモンの子孫が父祖たちの潔白を証明し、血と誇りを取り戻すための戦いだ。奪われたものを、この手に取り返すのだ。
 そして、同時に、これは僕たちシモンファミリーのボンゴレに対する復讐でもあった。
 裏切られ、八つ裂きにされて殺されたという僕たちの祖先、そして命を奪われた仲間たちの無念を晴らす時が来たのだ。
 罪には罰を与えねばならない。犯した罪を償わせなければならない。
 死という形で!

 ……けれど、心のどこかに迷いがあるのを僕は感じている。
 それは普段は意識しなければ気がつかないほどのほんの小さなものだったけれど、ひとりきりでいる時や眠りにつく時、何倍にも大きくなって僕の胸を突き刺した。
 痛かった。
 痛かったし、苦しかった。辛いといった方が正しいかもしれない。家族や仲間を失った哀しみとはまた別の何かが、確実に僕の心を蝕んでいた。
 もしかするとそれは、ツナくんたちと過ごしたほんの数日間のせいなのかもしれない。
 警護と称してツナくんの家にあがりこみ、彼らと過ごしたあの夜。温かい部屋と、お母さんが腕によりをかけた美味しい食事。小さな子どもたちがいて、それを見守る大人の優しい眼があって……。
 僕が望めば、彼らはいつまでだって僕をあそこに居させてくれただろう。けれど僕はそこを出た。しょせんツナくんも初代ボンゴレと同じなんだって分かってしまったから。
 でも、あの家の温かさを思うたび、どうしようもなく胸が苦しくなる。
 懐いて尻尾をふってくれるナッツ。ちょっとうるさいけど楽しい気持ちにさせてくれるランボにしっかり者のイーピン。素直で優しいフゥ太。きれいなビアンキ、しゃべる赤ん坊のリボーン。ツナくんと親切で心優しいお母さん。そして……。
「おいおい、俯いちまってどうしたんだよ、炎真」
 とつぜん声をかけられた。
 顔をあげると、にやりと笑った顔のジュリーがいた。
「元気ねぇなあ。これからボンゴレに殴りこみだってのに、そんな陰気じゃできるもんもできなくなっちまうぜ。それに……」
 そこでジュリーは僕の耳元まで顔を寄せ、
「沢田綱吉のねーちゃん、かなりの美人だったんだよな? せっかくボンゴレを叩くんだ、沢田綱吉から奪えるものはとことん奪ってやろうぜ。ってわけでオレはその美人のねーちゃんを……」
「ジュリー!」
 そばにいたアーデルハイトが顔を険しくして言った。「我々は復讐のために行くのだ。野卑な考えは捨てていけ」
 はいはい、と軽く受け流してジュリーがひっこむ。アーデルハイトはため息をついて、僕を見た。
 その時の僕はどんな顔だったろう。
 ジュリーの言うとおり、ツナくんから大切なものを奪ってやるのだと意気込んだ鬼の顔をしていただろうか。それとも、いつものように、どうにもならない現実にただ鬱憤を溜めるだけの諦めの顔をしていただろうか。
 分からない。
 どちらにせよあの人――ツナくんのお姉さんは、きっと僕がこんな人間だと知ったら哀しむだろう。警護だとかなんとか言って、本当はツナくんたちに復讐するためだけにやってきたやつらなのだと知ったら。
 あの人はこんな僕にも優しくしてくれた。家族の温かさを感じさせてくれた。それは温かいものであると同時に、今となってはとても辛いものになってしまったけれど。
 ――花子。
 唇の内側で、そっとあの人の名をささやいてみる。
 僕を見るときのあの優しい表情。温かい手。大きくてまんまるい枯葉色の瞳。――ツナくんと同じ……。
 彼女はボンゴレの血をひいているけれど、ツナくんとは違う。あのリボーンの巧妙な嘘に騙されて、自分や弟がマフィアの関係者だと気づいていない。もちろんツナくんがボンゴレ十代目だということは知らないし、今日の継承式にだって呼ばれていないはずだ。その方が都合がよかった。そうでなければ、きっと彼女を傷つけてしまうだろうから。
 迫害され続けていた僕たちにとって、親切に接してくれる人たちの存在は嬉しいというよりむしろ奇異なものだった。僕たちの人生は逃げつづけるだけのものでしかなかったし、まさか自分がシモンファミリー以外の誰かに気づかわれたり、家族のように愛されたりする可能性があるなんてこれっぽっちも思わなかった。
 あの温かい日々を知ってしまった今、僕は飢えている。誰かの愛情を貪欲なまでに求めている。
 それが花子なのかもしれない。彼女に求めるものが、家族の愛情なのか、それとも恋人に対するそれなのかは僕にもよく分からないけれど。
 もちろん、ここにいるシモンの皆は僕にもよくしてくれる。家族のように愛してくれていると思う。ボンゴレへの復讐を誓ったファミリーの繋がりは以前にも増して強固なものになった。だけど、だからこそ、僕たちは恐れているんだ。シモンを裏切ったボンゴレのように、いつか誰かがこの小さくてささやかな絆までも壊してしまうのではないかと。
「エンマ」
 アーデルハイトが心配そうな顔で僕を見ていた。
「余計なことを考えるのはやめなさい。今は目の前のことに集中するだけ。もうすぐよ……あと少しで、私たちは真の力を取り戻す」

 ――ツナくんが羨ましい。心のどこかでそう感じている。
 そして彼が憎いとも。
 僕にはない何かを彼は持っている。僕には二度と手にすることのできない何かを。
 それがなんなのかは分からない。家族だったかもしれないし、友達だったかもしれない。約束された地位や、温かい家、誰かの愛情だったかもしれない。
 分かりあえるなんて、最初からただの幻想だった。僕と彼は違う。似ているようで、違ったんだ。
 僕には復讐しかなかった。血と暴力に覆われた人生で、それだけがたったひとつの希望のように光り輝いて見えていた。それだけが僕の生きる意味だった。――あの温かさを知るまでは。
 僕は知ってしまった。あの温かい家を。逃げたり隠れたりする必要のない居場所を。もしかすると友達と呼べたかもしれない人と、その優しい家族を。
 もしも……もしもボンゴレへの復讐を果たすことで僕の望みどおりのものを手にすることができるなら……仲間たちとそれを分かち合うことができるなら。僕はすすんで憎悪に身を委ねたいと思う。
 花子を奪う?
 それもいいかもしれない。全てが終わり、ボンゴレもツナくんもいなくなれば、彼女にはもう何も残されていない。そうすれば僕が彼女を守ってやれる。僕たちシモンファミリーが頂点に君臨した、マフィアたちの新しい世界で。
「見えたぞ。あそこだ」
 先を行く紅葉がふり返った。
 僕は顔をあげた。
 大きな古城が見える。あれがボンゴレの継承式の――そして僕たちシモンファミリーの戦いの幕開けの舞台となるのだ。
 ここから全てが変わる、という気がした。
 僕は今までの僕を捨てる。いじめられっ子のエンマではない、誇り高きコザァートの血を継いだシモンの継承者・古里炎真となるのだ。
 花子はきっと哀しむだろう。そう分かっていても、歩みを止めることはできなかった。これが僕たちに残された、たったひとつの道なのだから。
「行きましょう。……ここからすべてが始まるわ。踏みにじられ、奪いつくされるだけだった私たちの、シモンの新しい日が始まる」
 アーデルハイト。らうじ。紅葉。SHITT・P。薫。ジュリー。
 世界への憎しみと、哀しみによって深く結びつけられた仲間たち。
 憎しみも哀しみもいつか希望に変わる日が来るなら――それを信じていたい。

 そして僕はたったひとつ、父祖たちが遺してくれた指輪を手に、戦いの舞台へ歩きだす。

    おわり
 
TITLE:vertigeより「冷たい焔」
DATE:2010.11.21

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