目覚めの朝(ブラバンダー×ガナッシュ)

雨の守護者ブラバンダーといると、ついつい酒に手がのびてしまいがちな九代目・雷の守護者ガナッシュ。
嵐の守護者コヨーテや雲の守護者ビスコンティに、あまり不用意に酒に手をつけるなと注意されてはいるのだが……

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 目を覚ますと、真っ先に白いシーツが目に入った。
 ガナッシュ・Ⅲはふらふらと起きあがり、ほとんど何も着ていない自分の身体を見おろしてぎょっとした。
 なんでこんな格好なんだ?
 寒い! ぶるっと身震いしてシーツをかきあつめる。ここはどこだ? オレ、なんでこんなところに?
 いろいろなことがめまぐるしく頭をかけまわるち、昨晩のできごとが色鮮やかによみがえってきた。そうだ、休みを利用してフィレンツェに来て──あいつが、ブラバンダーが仕事で滞在しているのを知って飲みにいこうと誘ったんだ。地元で美味しいと評判のリストランテに足を運んで、小料理とワインをいくつか注文して、腹がふくれてきたところでグラッパに手を伸ばして、それで……それで?
 そこから先が記憶にない。
 思い出そうとしても、そこだけパズルのピースが抜け落ちてしまったようにぽっかりと穴が開いている。酒が入ると物忘れがはげしくなるのはガナッシュの悪いくせだった。人前で我を失うほど酔うのは恥ずべきことであり、嵐の守護者コヨーテや雲の守護者ビスコンティにも不用意に酒に手をつけないように何度も注意されている。それなのに、ついつい酒を口に運んでしまったのは、友人として、そして同じボンゴレ九代目の守護者として長年の付きあいがあるブラバンダーが相手だからだった。

(──今日はずいぶん飲むんだな)
 聞きなれた、ブラバンダーのお決まりの台詞。
 ブラバンダーはそう言って苦笑いをうかべながら、グラスを手放そうとしないガナッシュをたしなめる。
 ああ、そうさ。だって飲まないとやっていられないんだから。口に出すかわりに、ガナッシュはいつも目でそう訴えかける。ふたりきりの時ぐらい、その仏頂面をやめてくれたっていいだろ、ブラバンダー。
 だけど、本当はわかっている。自分のブラバンダーに対する気持ちと、ブラバンダーの自分に対する気持ちは同じではないということ。そしてその思いが重なることはおそらくないだろうということ。
 オレだって好きこのんでおまえみたいな無愛想なやつを好きになったわけじゃない、でも、どういうわけか気になるんだ。黙りこんでいるときのどこか寂しそうな横顔。うつむきがちな藍色の眼。仕草のひとつひとつ。
 気がつけばいつも探している。目で追いかけている。成人して、地位を得て、望むものほとんどが手に入れられるようになったこのオレが、まるで少年時代に初めて恋をしたときみたいに。
 これは恋なのだろうか? それとも、父から子への、兄から弟への愛情のようなものなのだろうか?
 ──なんだっていいさ、おまえが昔のように笑っていてくれるなら。
 恋だろうと、友情だろうと、なんでもいい。なんだって構わない。
 八年前の《揺りかご》からブラバンダーは笑顔を見せることがめっきり少なくなった。もともとガナッシュのように気さくな感じのするタイプではなかったが、《揺りかご》が彼の沈黙に拍車をかけたのだ。
 ブラバンダーが心の底から笑うのを見たのはいつだったろう? 一年前? それとも五年前、八年前……?
(飲みすぎて、あとでコヨーテに叱られても知らんぞ)
(大丈夫さ、これぐらいどうってことない)
(その言葉に何度騙されたか)
 頬の傷跡といっしょに、かすかに口の端が持ちあがる。
 ああ、そうだ、ブラバンダー。そうやって笑っていてくれ。
 皆がいるときでもいい。ふたりきりのときでだっていい。もう一度笑ってほしい。笑いかけてほしい。昔のように。
(笑ってくれよ、ブラバンダー)

「起きたのか」
 シーツにくるまってうとうとしかけていたガナッシュは、奥から半裸で出てきたブラバンダーを目にして飛びあがった。
「ブ、ブラバンダー! おまえ、どうして……!」
 さも当然のようにやってきたブラバンダーにどうしていいかわからずに、ガナッシュは情けないくらいに慌てた。
 なにせ自分はほとんど裸だ。そして相手も。いやおうなしに心臓の動きが速くなる。
「どうしたも何も……覚えていないのか?」
「お、覚えてるわけないだろ……ここ、どこなんだ? どっかのホテルか?」
 シーツに身体をひっこめてガナッシュはぼそぼそと呟いた。
 ブラバンダーの眉間にしわが寄った。シャワーを浴びてきたところらしく、青みのかかった髪がぬれている。
「仕方のないやつだ」
 ため息をつくと、いい加減にしてくれ、と言わんばかりの顔でベッドに腰を下ろした。
「ここはオレがずっと泊まっていた部屋だ。酔いつぶれたおまえを店から連れだし、タクシーを拾ってホテルまで運んだはいいが、部屋の空きがない。だからといって、おまえひとりのために夜遅くにほかの部屋をわざわざ空けさせるのは気がひけるし、酩酊しているおまえを別のホテルに置き去りにするのも忍びない。だから」
「だから……おまえの部屋に?」
「そうだ。一応、ホテル側に話はつけてある」
 ブラバンダーは疲れたように目を閉じた。
「おまえは相変わらずだ。シャワーぐらい浴びろと言っても、首をふってだだをこねるばかりで手がつけられん。なんとかベッドには寝かせられたが、ひとりごとを言ったりぐすぐす泣いたり、まるで五つか六つの子どものようだ。いちいち相手をするわけにもいかないし、窮屈そうだったから服だけひっぺがして、あとはシーツをかぶせてほうっておいた。しばらくしたら眠ったようだったから、オレも寝た」
「……ベッドで?」
「違う」
 ブラバンダーは部屋の隅にある毛布をかけてあるソファーを指さした。「あっちだ」
 ガナッシュはがばりと起きあがって物凄い勢いで頭を下げた。日本びいきの九代目の言葉を借りて言うなら、権威ある者に対してひざまずいて謝罪の意を示す、いわゆる「土下座」である。
「悪かったよ! ひとつしかないベッドなのに占領しちまってさ!」
「別にいい」
 ぷいとそっけなく横を向く。
「そのことについては怒ってない。いつものことだから、慣れてる。ただ」
「なんだよ。悪いところがあるなら言ってくれよ、ブラバンダー。次からちゃんとするからさ」
 ブラバンダーはちょっと迷ってから、だったら言うが、とまだ頭を下げているガナッシュを見おろした。
「おまえ……オレを馬鹿にしていないか?」
「は?」
 思わずガナッシュは頭をあげ、おおまじめなブラバンダーの顔を凝視した。
「いきなりなんだよ。おまえを馬鹿にしてるかって? してるわけないだろ、なんでいきなりそんなこと」
「だったら、どうしてオレといるときにかぎって酔うような真似をするんだ」
 ブラバンダーの顔が険しくなった。
「コヨーテやビスコンティにも言われているはずだ、酒はひかえめにするようにと。そしてその言いつけをちゃんと守っていた。なのにおまえは、オレといるときに限ってやたらと羽目を外したがる。二ヶ月前にふたりで飲んだときもそうだった。その三日ほど前、ほかの守護者といるときにはそうではなかったのに。昨日の夜、酒を飲みつづけるおまえを止められなかったオレももちろん悪い。だが、おまえはおまえで自制しようという姿勢がまったく感じられない」
「それは……悪かったと思ってるよ」
 反論する気にもなれず、ガナッシュは頭を低くしてうなだれた。
「だって、せっかく休みが重なったんだぜ。同盟の幹部がへまやらかしたせいで、おまえの仕事もなくなっちまったんだろ。フィレンツェまで来てるのに何もせずに帰るのはもったいないし、最近は二人だけで会う回数も少なかったし、たまには飲んだって」
「おまえの『たまに』は信用できない」
 怒ったようにブラバンダーは言った。
 めずらしく、感情のこもった言い方だった。
「おまえはオレを困らせたいのか? それとも」
 視線を落とし、ぼそりと呟く。「相手がオレだからと、高をくくっているのか」
「そんなことねぇよ!」
 ガナッシュは慌てて身を乗りだし、むすっとしている相棒の腕をつかんだ。
「おまえと飲むと……その、楽しいんだよ。昔に、戻ったみたいでさ」
 どう言えばいいのかわからずに言葉がつまった。ちくしょう、なんだか本当に恋をしてるみたいだ。
「なあ、ブラバンダー。オレとおまえ、守護者になった時期もほとんど同じだし、歳が近くていっしょに飲むことも多かっただろ。クロッカンやニーともよく食事に行くし、九代目やコヨーテのおっさん、ビスコンティと飲むのだってもちろん楽しい。でも、おまえといるのが一番いいんだ。だからついつい飲んじまうというか、その、オレ……」
 じっと見つめられて、その先は言葉にならなかった。つかんでいた腕が離れた。
 ガナッシュはもごもごと口を動かし、狼狽した。ますます怒らせてしまっただろうか? 確かに、子どもじみたことを言っているような気もするが。これぐらいの歳の男が、誰といっしょにいるのが楽しくて、ほかはそうではないからとより好みをするなんて馬鹿げている。そう思われても無理はない。
「おい? ……怒ったのか?」
 ガナッシュはこちらを見つめたまま動かないブラバンダーの表情をそろそろとうかがった。
「悪かった、子どもみたいなこと言って。謝るよ。だから黙ったままはやめてくれよ。怖いんだ、オレ、おまえに嫌われちまうのが。悪いところがあるならちゃんと直す。おまえが嫌な気持ちになったんなら、なんだってするからさ。だから……なんとか言ってくれよ、ブラバンダー」
 言い終わらないうちに声が沈んだ。
 自分でも馬鹿げたことを言っていると思った。大の大人が、たかが男ひとりに嫌われたくないがためにこんなにまでなるなんて。どうして女はひとたび好きになればなりふりかまわず男を追いかけるのだろうと思っていたが、これでは自分も似たようなものではないか。鼻の奥がつーんとする。だんだん泣きたい気分になってきた。
 ああ、そうだ、オレはおまえが好きなんだ。どうしようもなく。
 この無愛想で仏頂面の、悲しげな眼をした男のことが。
「なあ……ブラバンダー」
 うつむき、すがるような思いで顔をあげた瞬間、ぐっと鼻頭をつままれた。
「痛い!?」
「ひどい顔だ」
 ブラバンダーが苦笑した。ガナッシュはひいひい言いながらブラバンダーの手をなんとかもぎとった。
「痛ぇな! いきなり何するんだよ!」
 ブラバンダーは聞こえないふりで立ちあがると、さっさと服を着てぬれた髪をととのえた。
「おい、ブラバンダー!」
「なんだってすると言ったな」
「え? お、おう」
 ガナッシュが答えると、ふり返ったブラバンダーがかすかに笑った。
「腹が減った。ドゥオモの前に、美味いブリオッシュを食べられる店があるらしい。食べにいくから付きあえ。五分で準備しろ」
「ご、五分で!? まだ髭も剃ってねえのに……い、いや、わかった! 任せろ! 三分でやってやる!」
 ガナッシュは飛びおき、丁寧に折りたたまれて置いてあった自分の服をつかんだ。
 シャツをはおり、ボタンをとめてネクタイを結ぶ。泣きたい気分はとっくに吹きとび、見慣れたいつもの自分が鏡にうつっていた。九代目の雷の守護者ガナッシュ。ガナッシュ・Ⅲだ。
 今はまだ、何も言わずにいよう。いつか、あいつがまた心から笑えるようになるその日まで──もうしばらくはこのまま。
「ちょっと待てよ、ブラバンダー!」
 ズボンに足をつっこみながら、早くも部屋を出ようとしている友人の背中に向かって大声で叫ぶ。
「待ってる」
 答えて、ブラバンダーは小さく笑みをうかべた。
 ジャケットをひっつかんだガナッシュが慌てて後を追いかける。朝もやにたたずむフィレンツェの街並みに、少しずつ陽が差してきた。

     おわり

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