孤独な少年ザンザスのもとへやってきた、人の言葉をしゃべる灰色の翼の鳥・ヨウム。
テュールの死を乗りこえ、ただひとりの友を守る決意をしたヨウムは、さまざまな人の思いを胸にザンザスのもとへ羽ばたく。
※最終的にヒロイン(鳥)は死亡します。
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1
火と煙に焼き焦がされて、空は赤黒くなっていた。
そこらじゅうからひっきりなしにあがる熱、炎、叫び声――ボンゴレの本部はいまや、大荒れの渦に投げ込まれたように混沌としていた。黒服を着た人間達がぶつかりあい、切りつけあい、銃弾を打ちこみあう。空を飛んでいる僕にも、爆発と轟音が容赦なく襲いかかってくる。
煉瓦造りの情緒ある建物も、壁が崩れかけて無残な姿をさらしていた。水道管の破裂した噴水から水が吹き出し、降りしきる雨となって、穴ぼこの石畳に飛び散った血を洗い流していく。その雨の中に、僕は知っている人物を見つけた。
スペルビ=スクアーロ。
義手の仕込み剣を構えて走り出し、襲いかかる敵を果敢に打ち払う。その姿はどこかテュールを彷彿とさせた。
彼の剣技の中からテュールの剣や技がかすかに感じられるのだ。そうだ、なにも失われてなどいない――テュールは形を変えて、スクアーロや僕、みんなの中に息づいているんだ。銀色の剣に薙ぎ払われて、周囲にいた人々はあっというまに地面に倒れ伏した。
『スクアーロ!』
若き少年剣士に僕はおもいきって声をかけた。
「ハナコ!?」
スクアーロは顔をあげてぎょっと目を見開いた。
「なぜここにいる! 逃げろと言ったはずだ!」
『僕は大切な人を守りにきた。ザンザスはどこ!? エドモンドという男は、ここにいる!?』
「エドモンド? エドモンドなら――オレ達と一緒にここへ来たが。あいつがどうかしたのかぁ?」
僕はあっと息を呑んだ。
エドモンドがザンザスを傷つけるという確証はない。だけどもしかしたら、と思うと、僕の身体はかっと熱くなった。
「う゛お゛ぉい! ハナコ、どこへ行く!」
その場を飛び出した僕に、スクアーロが声をかけてきた。
『行かなきゃ――ザンザスのところへ!』
「ザンザスのところへ……? みすみす殺されにいくつもりかぁ!? くそっ!」
気がかりそうな声がしたかと思うと、背後で金属のぶつかりあう音がした。
また別の敵がスクアーロに襲いかかったんだ。だけど彼はきっとだいじょうぶ。彼にはテュールから受け継いだ力があるのだ。
もしかするとテュールは全てを分かっていたのかもしれない、という気がした。だからこそ彼は、スクアーロにみずからの技と心を託してから死んでいったのだ。夢でみたテュールの涙、激しい後悔と自責の念。ザンザスの望むままに――それが彼の選択だったのかもしれない。それがどのような結果をもたらすかはともかくとしても、彼は確かに、師として、親として、ザンザスを愛していたのだ。
身体のすぐ横を銃弾が通り過ぎていった。煙と火のにおいが一段と濃くなった。
――できることなら、この惨劇をやめさせたいと思う。こんなやりかたでは多くの人々が傷ついてしまう。もう二度ととりかえしのつかないことになってしまう、その前に、ザンザスを止めなければ。だけどこれは彼の選択だ。彼が選んだことなんだ。僕にできるのは、彼がこの戦いを思いとどまるかもしれない、そう祈ることだけ。
九代目とザンザスに血のつながりはない。それは紛れもない、動かしがたい事実だ。十代目になることを心から夢見て、幼いころから信じていたザンザスに、その事実は鋭い刃となって襲いかかったはずだ。ひどく苦しんだだろう。泣き叫びたかっただろう。
ザンザスはいまや、多くの人々を傷つけてまでボンゴレを奪いとろうとしている。だけどザンザスだけが悪いわけじゃない。炎しか見ることのできなかった母、彼がみずから知るまで養子だと告げることができなかった九代目やテュール、そして、彼と話しあうことを拒否した僕も悪いんだ。
人々の頭上を突っきって建物の中へ入っていく。手足を投げ出して転がっている死体の山をそこらで見つけることができた。吐き気がこみあげてきて、胃がねじれそうだったが、泣いている暇はなかった。こうしているあいだにもたくさんの人が命を落とし、ザンザスやスクアーロ、九代目が傷ついているかもしれないのだ。崩れた壁や石像のあいだをすり抜けて、血のにおいの濃くなるほうへ向かう。
ザンザス、思い出してほしい。
あの屋敷でみんなで過ごしたこと。みんなの言葉。みんなの顔、表情。
ザンザスのお母さんは、確かにザンザスをぶって、傷つけていた。だけど最後に母として、ザンザスをやさしい瞳で見つめた。
テュールは真実を伝えきれずに、結果的にザンザスを傷つけた。だけどテュールはザンザスを愛していた。いつだって見守ろうとしていた。テュールは死んだが、剣と心はスクアーロに受け継がれ、彼の中で形を変えてしっかりと息づいている。
九代目は、実子ではないザンザスと契りのない母を引き取った。九代目にふたりを引き取らなければならない理由などなかったはずだ。だけど彼は引き取り、ふたりを愛した。愛したかったんだ。無償の愛――といえば、安っぽく聞こえてしまうかもしれない。誰かを愛しく思う気持ち。それは一番最初の出会いの日、ザンザスが身を投げ出してまで僕を守ろうとしてくれたこと、そして今、僕がザンザスに抱く感情と同じものなんだ。
ザンザス、君がどんな人間であろうと関係ない。十代目であるかないかなんて、ちっとも問題じゃないんだ。僕が君を好きになるのに、君が九代目の息子であるかどうか、十代目になれるかどうかなんて、すこしも考えなかった。ザンザスだから、僕は好きなんだ。
すぐ近くで爆発音がした。熱波が広がり、空気を焼いた。
ザンザスがいる。僕は確信した。すぐ近くに、彼がいる。
一緒にいこう、ザンザス。
九代目と真正面から向きあって、いろんなことを話してもらおう。本当のお父さんが知りたいなら、一緒に探しにいこうよ。
だから――そうする前に、みんなや九代目に手をふりかざしてはだめだ。君が死んでもだめだ。誰が傷ついてもならない。
僕も君もきっと変われる。みんな変わっていく。だから、怒りと憎悪に、絶望にとらわれないで。希望はまだある。みんなが君を愛していることを、思い出して、ザンザス――……!
広々とした空間に飛び出した。
胸のむかつくようなにおいがあたりにたちこめている。柱のかげで、ついさっきまでは生きていたのだろう、焼けた顔をぱんぱんに脹れあがらせた人間たちがぴくりともせずに倒れていた。
ザンザス、どこにいるんだ――!
石のアーチの門をくぐり抜ける。石柱が立ちならぶ、回廊のような場所に出た瞬間、僕は目を見開いた。
エドモンド――……!
黒光りする銃口を、迷うことなくまっすぐにザンザスの背中に向けている。
炎の中でザンザスはぐったりした壮年の男をひっつかみ、狂気じみた笑みをうかべていた。無残に放り投げられた死体が彼のすぐそばで転がっている。顔をひきつらせ、口から血や泡を吹いた人々は、二度と動くことのない空白の瞳で、暗闇の向こうからじっとザンザスを見つめている。
おまえがやった、と彼らは言った。
――おまえがやった。おまえが我々を殺したのだ。見よ、このからだを! 炎に焼かれ、引きちぎられた無残な肉を!
――おお、呪われた子。災いを呼ぶ、赤き瞳の悪魔!
――死よりもなお暗い闇の淵底へ、おまえを投げこんでやる!
エドモンドの銃がかちゃりと音をたてた。
僕はすべてをふり払い、絶叫した。
銃口の先で光がはじけた。翼を広げ、ふたりのあいだに身を投げ入れる。甲高い音とともに、はげしい衝撃が僕を襲った。ふりかえったザンザスが目を見開き、震える声で僕の名を叫んだ。
「ハナコ!?」
燃えあがる炎に照りつけられ、僕の灰色の翼は赤ひといろに染まった。
炎のごとく赤い翼を目の当たりにして、エドモンドはその姿勢のまま一瞬立ちすくんだ。僕は叫び声をあげてエドモンドの目元に飛びついた。エドモンドは恐ろしい悲鳴とともにのけぞり、めちゃくちゃにふりまわした腕でなおも発砲した。そのうちの一弾が、僕の胴体に撃ち込まれた。血がはじけて視界が真っ赤に染まった。僕はふらふらとその場に落ちた。
「鳥――ちくしょう! スクアーロに殺させるようにと言ったはずだぞ! なぜ生きている!」
熱波があたりを覆った。
ザンザスの身体から発生した熱が空気を焼きこがし、白熱させる。床の上にこけていた白い百合が一瞬にして枯れ、ぼろぼろと崩れた。赤い瞳がかっと見開かれ、痛みにもがき狂う男を射抜いた。
「貴様あ――っ!」
ザンザスの手から、炎の弾が幾重にも撃ち出される。
轟々と音をたてるそれはエドモンドの身体を撃ちぬき、骨を砕いて肉を消し飛ばした。身体のあちこちをおかしな方向に曲げたエドモンドは口から大量の血を吐き出して倒れた。銃がかわいた音をたてて床に転がった。
「ハナコ!」
声がかかった。
大きな腕が僕をすくいあげる。頭をふらつかせながら顔をあげると、ザンザスの顔がすぐ間近に見えた。彼はしゃがみこんで、僕を抱きあげていた。
「なぜここへ来た……なぜ! オレは、おまえを……!」
答えなきゃ、僕がそう考えたとき、別の足音が回廊に響いた。
ゆっくりと頭をもたげたザンザスの顔が、とたんに険しくなる。
「エドモンド!」
駆け込んできた隊服の男が大声をあげた。ここにいるということは、彼もまたザンザスの仲間としてこのクーデターに参加していたのだろう。
血だらけでぴくりとも動かないエドモンドと、僕を抱えているザンザスに目をやると、男は食いしばった歯をむき出しにした。腕を持ちあげて吠えたてるような声をあげる。その手にはしっかりと銃が握られていた。
「よくもエドモンドを殺したな――悪魔め! どさくさに紛れておまえを本部側に引き渡してやろうと思っていたが――すべてめちゃくちゃだ! エドモンドは死んだ! ちくしょう! 地位も金も、もう何も手に入らねぇじゃねえか!」
男はふたたび銃を構えなおし、ザンザスに狙いを定めた。だが、腕も声も震えていた。目の前にある恐怖に怯えているようだった。彼の目に映っているのは、動かなくなった仲間と、返り血をあびて真っ赤に染まった、炎の化身のごとき少年なのだ。
「へ、へへっ……ブラッドオブボンゴレ、九代目の息子――いつも偉そうにオレ達を見下しやがって。しかもちょっとちょっかいかけただけで鵜呑みにして、まさか本当に、ボンゴレの血を引いていないとはなぁ! 他の仲間にはまだ知られてないんだろう? ここで叫んでやろうか? ザンザスは九代目の息子じゃねえ、どこの男と寝たかもしらない、うすぎたねぇ娼婦のガキだってな!」
ザンザスの瞳が見開かれたそのとき、炎の噴きあげる煙の中、誰かが走りこんできた。
銀のきらめきが黒い煙をなぎはらった。
それまで話していた男は首からまっぷたつに千切れた。ほうけた顔をした頭がごろごろ転がっていって煙の向こうに消えた。立ち尽くしたようになっていた胴が、どっとその場に倒れた。荒い息をした少年剣士が、その後ろに立っていた。
「ザンザス、ハナコ! 無事か!?」
「スクアーロ……」
ザンザスがかすれた声をもらした。
スクアーロは駆け寄ってきて、ザンザスの前に跪いた。
「う゛お゛ぉい、ザンザス! ハナコが死にそうになってるじゃねえか! ハナコ、しっかりしろ! 大丈夫かぁ!?」
そのころには、僕の視界はだんだん薄暗くなりはじめていた。
死のささやきを近くに感じる……頭の中がからっぽになって、身体がだんだん冷えていく。身体の痛みははっきりとしているというのに、なんだか眠たくなってきた。僕はここで死ぬのだ。そうはっきりと感じた。
「ザンザス!」
スクアーロの声に、ザンザスが視線を落とす。
赤い瞳と視線がまじわった。今の彼の表情はどことなく、昔のままの彼を思い出させた。僕は自分にできうる限り、にっこりと微笑んだ。
『……ザンザス』
震える声で僕は言った。
彼との出会い、一緒にごはんを食べたこと、野原をかけまわり、疲れて同じベッドで眠ったこと、勉強部屋をこっそり抜け出して一緒にテュールに怒られたこと、何気ないことでふたりで声をあげて笑ったこと――……ザンザスとのたくさんの思い出が、薄暗くなったまぶたの裏を流星のごとく駆け抜けていった。
僕は君の翼になりたかった、でも、君はもう僕がいなくても飛んでいけるみたいだ。
ううん、もしかすると君が、僕の翼だったのかもしれない。
『……ありがとう、ザンザス。ありがとう。君に、会えて……本当に、よか、た……できることなら……ずっと、君のそばに……』
視界に闇が降りてきた。
意識がぼんやりと遠くなる。あたたかいなにかがぽつり、ぽつりと羽根の上に落ちてきたように感じたけど、もう目を開けていることもできない。
さようなら、ザンザス。今までずっとありがとう。
スクアーロ……どうか、ザンザスの力に――
「……ザンザス」
うずくまったままの背中に、スクアーロは声をかけた。
あたりには轟音と人々の叫び声がこだましていた。炎がくすぶり、黒い煙をたてているそばで、ザンザスはじっと動かないでいる。灰色の翼の鳥を抱きしめたきり放そうとしない。いったいどれくらいのあいだこうしているのか、スクアーロにも、おそらくはザンザス自身にも分かっていなかった。
ずっとここでこうしているわけにもいかない。外ではまだ騒乱が続いているのだ。
ちらりと奥を見やる。アーチを描いた門の向こうにも、ここと同じような石柱の回廊が続いている。その奥にスクアーロはとても強い力を感じとることができた。鋭い剃刀の刃のようでありながら、どこかはかなさをも秘めた、澄みきった炎――……
「いつまでそうしているつもりだぁ? ぐずぐずしている暇はねぇ。立て!」
スクアーロの腕に引きずられるようにして、ザンザスはようやく立ちあがった。
「ハナコの死を無駄にするな、ザンザス。ここでおまえが立ち止まっていたら、ハナコがおまえをかばった意味がなくなるだろうがぁ!」
そう叫んだスクアーロの身体が一瞬ふらついた。
ザンザスは青ざめかけた顔をあげて、スクアーロのジャケットの右胸あたりの小さな裂け目から、赤い血がにじみでていることに初めて気がついた。ザンザスの視線から目をそらしながらスクアーロはちっと舌打ちをした。
「……スクアーロ」
「いいから行けぇ! ここまで来たんだ、成功させろ!」
ザンザスがなにか言いかけたのをさえぎって、スクアーロは吠えた。だんだん息が荒くなりはじめていた。
「ハナコのことはオレに任せろぉ……」
力なく言ったスクアーロに、ザンザスはためらいがちにハナコを差し出した。スクアーロはハナコの尾羽に手をやると、すこし申し訳なさそうな顔をしながら尾羽の一本を抜き、ザンザスに差し出した。
よごれひとつない、きれいな真紅の尾羽。
ザンザスは黙って受けとり、抱きしめるようにして手のうちにおさめると、ハナコの動かない翼をじっと見つめ、迷いをふり払うようにして奥に駆け出した。
スクアーロはハナコを抱えたまま、ザンザスの背中が見えなくなるまでその場に立っていた。やがて回廊を駆ける足音が遠ざかると、足からふっと力が抜けた。崩れるようにその場に座りこみ、重い息を吐き出す。
(――なんの話をしていたんだぁ……?)
さっき、この回廊に来たときのことだ。
男が声を張りあげてなにかを叫んでいた。あたりで撒き散らされている轟音のせいでよくは聞こえなかったが、おそらくは、ザンザスについてのことを。
「ハナコ、おまえはなにか知っているのかぁ……?」
いつまでも返ってこないはずの返事をスクアーロは辛抱強く待っていたが、やがてヴァリアーのジャケットを脱いで、それでハナコをくるんでやった。
ザンザスが戦いの中ではなった炎が、ごうごうと燃えていた。
スクアーロはその炎の中に、そっとハナコを置いた。手が熱かったが、投げ入れることはどうしてもできなかった。炎はまるでハナコを抱きしめるように広がり、灰色の翼の鳥は、炎の熱のむこうに静かに消えていった。
スクアーロは立ちあがり、奥の間へ向かって走りだした。
胸の傷がひどく痛んだが、それでも走るのはやめなかった。たとえ這うことになったとしても、きっと進み続けただろう。
真実が知りたい。
ここで死んでいったハナコや、多くを語ろうとはしない、友の助けになるためにも。
――それから、八年の歳月が流れた。
2
夜が明けようとしている。
芽吹き始めた新緑の草花が、薄暗い大地になめらかに揺れていた。
涼しげな風を感じながら、ザンザスはふと顔をあげた。青空の彼方の地平線から、炎のような赤さがうっすらとにじんできていた。八年ものあいだ凍てついた氷の中に閉じ込められていたとはいえ、そこから出てもうしばらくになる。見慣れているはずのそれも、今日はなぜだかひどく幻想的に感じられた。
いっそう強い風が吹き、ザンザスの髪をなびかせた。首筋に垂れているたくさんの羽根飾りがちらちらと揺れて、とりわけ鮮やかな真紅の羽根が風に踊る。昔にザンザスが飼っていた、ヨウムの尾羽。かつての九代目との戦いのあいだじゅうずっと、こいつが守ってくれていたような気がする――氷の中にいるときも。そんな気がしていた。そっと手に握れば、今でも思い出すことができる、あの声、あの翼――……
「う゛お゛ぉい、ザンザス!」
ザンザスはふり返った。
すっかり伸びた白銀の髪を風になびかせながら、スクアーロがザンザスの隣に立つ。
「夜明けを見たいだなんておまえが言い出したときは、気が狂っちまったんじゃないかと思ったぜぇ。おまえにもこういう、美しいもんを楽しむ心ってのがあったのかぁ?」
すこし離れたところではベルフェゴールとマーモンが、夜露にぬれた草をはじいて露のかけあいをして遊んでいる。遊んでいるというよりは、お互いからかいあっているだけなのかもしれないが。
夜が明けるのを見たら、すぐにでも屋敷のほうへ戻るつもりだった。ルッスーリアがとびきり美味しいカッフェ・マッキアートをつくってくれるというので、レヴィはボスのためならばと彼女の準備を手伝っているところだ。まだまだ子どもっぽい少年と赤ん坊のはしゃぐ声を聞きながら、ザンザスとスクアーロは黙って空を見つめた。
「あれ?」
ベルフェゴールが大声をあげた。膝をついて、草むらを覗きこんでいる。不思議に思ったザンザスが耳をすますと、なにかの鳴き声がかすかに聞こえてきた。
「う゛お゛ぉい、なんだなんだぁ!? なにかいたのかぁ!?」
スクアーロがすこし面倒くさそうな様子で歩きだした。
草むらの中に顔をつっこんでいたマーモンが彼のほうを向いて、
「鳥がいるよ。このあたりでは見かけない、めずらしい灰色の鳥だ」
スクアーロがぴたりと足を止めた。
思い当たるところがあったのか、ゆっくりザンザスをふり返る。ザンザスは目を見開いていた。
まさか、そんなわけない、あいつは死んだ――そんな思いが頭を駆け抜けた。しかし胸はなぜだか高鳴り始め、いけ、進め、と激しくせきたてる。
ザンザスは歩き出した。スクアーロを追い越し、いつのまにか走り出して、ベルフェゴールとマーモンが目を丸くしているそばですがるようにしゃがみこんだ。
草むらの中から、そいつはおぼつかない足取りでよたよたと出てきた。
まだ生えたばかりのふわふわの羽毛。灰色の翼。とがった足。白い毛におおわれた尾のあたりから、赤い羽根がちょこんと飛び出している。まんまるい黒い瞳を輝かせて、そいつは顔をあげた。高い声でぴぃと鳴いて、嬉しがるように羽をばたつかせる。
「ハナコ……!」
ザンザスは思わず、その名を口にしていた。追いついたスクアーロが驚いたような声をあげて、息を呑んだ。
灰色の鳥はよちよち歩いてきて、土につけたままのザンザスの手にむかってぴいぴい鳴いた。ザンザスが震える手でそっとすくいあげてやると、甘えるように身をすり寄せてくる。そしてザンザスの首筋に垂れている真紅の尾羽を見つめて、しきりに鳴き声をあげた――まるで、人の言葉をしゃべろうとするように。
ザンザスの口元が小さく動いて、なにかをつぶやく。彼の赤い瞳から涙がこぼれ落ちたような気がして、ベルフェゴールはごしごしと目をこすった。なにやってるのとマーモンにつつかれて、ああ、と意味のない言葉を返す。
ザンザスが灰色の翼の鳥に夢中になって、熱心に言葉を教える姿を、スクアーロは現実のことのように思い描くことができた。今度こそ灰色の翼の鳥は、彼とともに飛んでいくのだ。
空が明るみ、大地に光がさした。
新しい陽光が彼らの頭上にふりそそぐ。灰色の翼の鳥は天を見上げ、懐かしむように目を細めた。
おわり
DATE:2007.12.27
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