未来編・パラレルワールド設定。
ミルフィオーレファミリーの暴虐により灰と砂ばかりになってしまった世界。
ヴァリアーのとある女隊員は、白蘭への復讐を誓ってひとりあてもなく彷徨い続けている。やっとの思いでザンザスと再会を果たした時、白蘭が現れて……
※原作キャラの死亡シーンあり。白蘭含むミルフィオーレファミリーとヒロイン以外全員死んでしまいます(一応夢オチ)
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折れた剣の切っ先が回りながら宙を飛んでいく。
砂にかすみゆく黒い空を背景に、それは流れ落ちる星のようにも見えた。刃の破片はくるくると弧を描きながら、吹き荒れる灰嵐の中へ消えていく。
握りしめた柄を、ハナコはゆっくりと手放した。
足元には、手にかけたばかりの白い服の人間たちがこときれたまま灰にうずもれようとしている。この地面の下にも同じような死体が何十、何百と積もっているはずだった。死の世界。灰の世界。日がな一日歩きつづけても、さらさらと流れる灰と砂の海が途切れることはない。
知られるかぎりのあらゆる兵器を用いた長い戦の果てに、世界はふたたび無へ還ろうとしていた。
太陽がまともに顔を出さなくなってすでに久しい。水は枯れ、木々は倒れ、それでも生きのびようともがく人びとの上にも砕けたコンクリート片が容赦なく積もりゆく。生きる可能性を見つけることすら困難な時代に、平和はなかった。
1
それまで名も知られていなかったひとりの男が、世界を灰と砂ばかりの大地に変えてしまったのはわずかに数年前のこと。
白蘭と名乗る白い髪のその男は、それまで誰も考えもつかなかったような技術を駆使し、最新兵器を投入した自軍を率いて国という国が消えかけるまで世界をめちゃくちゃにかきまわした。
あれからというもの、物資のほとんどを白蘭率いるミルフィオーレの軍隊が掌握し、残された人々は、わずかな水と食料を分けあいながらいつ終わるともしれない恐怖と黄昏の時代を過ごしている。
むろん、白蘭に反旗を翻そうとするものがいないわけではなかった。彼を倒そうとして、すでに多くの人びとが死んだ。ハナコの仲間も数多く命を落とした。最強と名高かった者も、誉れ高い名誉を手にしていた者も。
ハナコは歯ぎしりした。いなくなっていった仲間のことを思いだすと、今でも怒りと憎悪で胸の中が焼けるように熱くなる。
すべてはあの男、白蘭のせいだ。
――復讐を遂げなければ。
ハナコは足元の死体のふところから、まだ真新しそうな鞘つきの短剣二本と小型の銃、携帯の小型食糧をとりあげた。
(……南で会った、あのレジスタンスの人たちはどうしているだろうか。数刻前に会った流れのヒットマンは、ミルフィオーレの武装集団が南へ下ったと言っていた。なにごともなく通過してくれればいいのだが……)
顔の下半分に巻きつけた布が風にひるがえり、ハナコは思わず手をあげて押さえた。
一段と濃くなり始めた灰色の紗幕の向こうに、半分消えかかった太陽が沈もうとしていた。あと幾ばくもしないうちにあたりは光ひとつない闇に包まれるだろう。夜が訪れる。――凍えるような寒さと、死をもたらす灰色の闇が。
ハナコは立ちあがり、まだ比較的しっかりした形をとどめている岩場を探りあて、その下に布製の簡素な風除けを組み立てた。
岩場の陰に固形燃料を置いて火をつけ、干し肉を炙る。口の中にほうりこみ、煮沸した水でのどをうるおしてから、布敷きに横になった。
(ボンゴレの皆は今頃どうしているだろう……ヴァリアーの皆は……)
風除けの向こうに舞いあがる白い砂をなんとはなしに見つめながら、後はまぶたが降りるままに任せた。
2
『今日からここが君の新しい家だよ、ハナコ――』
頭に置かれた老人の手が、そっとハナコの髪を撫でる。
『あれがザンザス、私の息子だ。怖がらなくていい。君より十も年上のお兄さんだ。きっと優しくしてくれる』
背を押されてハナコはおそるおそる近づき、ふり返った少年の眼の色にびっくりした。
赤い目。曇りひとつない真紅の瞳。いつか、絵本の中で見たルビーにそっくりだとハナコは思った。
『ザンザス、その子がハナコだ。今日からここでいっしょに暮らすことになった。優しくしてあげてくれ。彼女にはもう、何も残されていないのだから……』
記憶の頁を繰るように、場面は次々に移りかわる。
薄闇の中で、白銀の髪の少年がうなだれている。世界のすべての絶望を見てきたかのようなその表情に、そばにいる仲間たちは誰も声をかけることができない。
『さあ、行け!』
閉ざされた扉の前に立つ、武装した男たちが声高に叫んだ。それきりぴくりともせず、その視線はまっすぐ少年たちに注がれている。まるで彼らを扉に近づけさせまいとするように。扉の中にある「何か」を守るように。
少年たちは踵を返した。先頭を行く白銀の髪の少年は、怒りと悔しさにうっすらと涙を滲ませていた。
『今日の日のことは絶対に忘れるな』
心配して見あげるハナコに、彼は声を押し出すようにして言った。
『奴らから受けた侮辱と屈辱を、オレは絶対に忘れない。絶対にだ』
冬でもないのに寒気がした。忍び寄るような冷気がどこからか足元へ漂ってきた……。
光景はふたたびどこか別の場所へ移動する。
夜闇に浮かぶ二つの光。その中央にいるのはどちらも少年だ。ぶつかりあうたびに同じ色の火花を散らし、めくるめく速度の爆発を引き起こす。それがハナコには鏡のように見えた。互いの姿を映しあう、同じ色の光。
やがて片方の少年の手から、ぞっとするような冷気が溢れだした。それが対峙するもうひとりの手を、肩を、またたくまに凍りつかせてゆく。
『なぜだ……どうして、おまえは……!』
『うるせえ! 老いぼれと同じことをほざくな!』
ああ、あれは彼だ。
ザンザス。
幼いころ、九代目によって組織に引きとられた――……わたしと同じように。
いくつもの彼が浮かんでは消えていく。出会ったばかりの頃の彼。永い眠りから目覚めたばかりの彼。敗北し、ひどい怪我を負いながらも、決して負けを認めぬように歯を食いしばっていた彼。
(今、彼はどこにいるのだろう?ミルフィオーレの襲撃を受けて離ればなれになってから、何年が経った……?)
あのザンザスが死んだとは考えにくい。けれどもこうも長いあいだ消息がつかめないのでは、死んでいても決して不思議ではないだろう。ましてこの灰嵐の吹く世界では――。
レヴィがしっかりと彼を守っているだろうか。スクアーロは無事でいるだろうか。ルッスーリアはどうしているだろう。ベルフェゴールはマーモンと行動を共にしていると風の噂で聞いたが、それももう何年も前の話。日本の十代目のことも気がかりだが、海を渡る手段がほぼないに等しい今となっては……。
もう何もかもが無駄なのかもしれない。
唐突に浮かんだその考えを、ハナコは必死に振り払おうとした。
何もかもが無駄なわけがない。この世界にも、わたしがしていることにも、きっと何か意味があるはずなのだ。
(……でも――)
見渡すかぎり灰ばかりのこの世界で、わたしひとりが抗ったところでいったい何ができるというのだろう。ミルフィオーレの部隊と戦おうにも、最新兵器と精鋭の軍隊を数多く所有する彼らには数でも力でも勝ち目はない。少人数の部隊に奇襲を仕掛けて、それを何度繰り返せば勝利が見える?
そもそも彼らに勝利して、それで何になるというのだ。彼らがこの地上からいなくなったところで、世界が今すぐに元に戻るわけではない。短くて数十年、長ければ何百年、何千年の時間が必要になるだろう。彼らに代わる何者かが彼らと同じことを繰り返す可能性もある。彼らの所有する技術が、なんらかの形でふたたび戦争を引き起こすことも否定できない。
(結局、すべてが無駄なのだろうか……? わたしがしていることも……この灰嵐の中で生きることも……)
3
遠い地響きで目が覚めた。
ハナコははっと身を起こし、知らず溢れていた涙を袖口でぬぐいとった。
「あれは……」
灰嵐の向こうにかすかに光が見えた。太陽と、それから――灰嵐を切り裂く、荒々しい光。炎。
ザンザス。
その名を思い浮かべた瞬間、身体が動いていた。ハナコは風除けを蹴り飛ばし、口で布を覆うのも忘れて白い灰嵐の中に飛びこんだ。
すぐ近くに彼がいる。そのことを考えただけで、消えかけていた希望が胸の中でふくらむのを感じた。朱を帯びたオレンジ色の光は徐々に強く、鮮やかになっていく。
「ザンザス!」
光に向かってハナコは必死に手を伸ばした。
「ザンザス、そこにいるの!? ザンザス!」
視界が開け、そこだけぽっかりと開いた空間に出た。
炎の発した強烈な熱波のために一帯の灰嵐が吹き飛んだらしい。ハナコは足を止め、中心に立ちつくす大柄な男の背中を見た。周囲には大型の動物型兵器が横倒しになり、何人ものミルフィオーレ兵が男の方向へ手を伸ばしたまま半分炭化して息絶えている。
「……ハナコか?」
ゆっくりとふり返ったザンザスに、ハナコは声をあげて飛びついた。厚い外套の向こうにしっかりとぬくもりが息づいているのを確かめる。外套は硝煙と、かすかな酒の香りがした。懐かしいにおいに頬を押しつけてハナコは泣いた。
「ザンザス、わたし、ずっとあなたを探してたのよ。でも、生きてまた会うことができるなんて……よかった、本当に……」
彼の胸の鼓動にじっと耳を澄まし、あらためて彼の顔を見ようと頭をあげ、あることに気がついた。
「ザンザス――」
「生憎だが、目がかすんでほとんど見えない」
ザンザスは片手をあげ、閉じたままのまぶたに触れた。ゆっくりと目を開き、まばたきをしてみせる。
「灰嵐で痛んだようだ、と通りがかりの医者には言われた。あまり長いあいだ開けているのはよくないらしい。いつもは灰除けも兼ねて布を巻いているが、敵が現れたようだったからな。目を開けて、全員かっ消してやった。そこで――ハナコ。おまえが来た」
目を細めて、ザンザスはハナコの肩を叩いた。
「久しぶりだな、ハナコ」
「……ザンザス」
こらえきれずに彼の胸に額を押しつけると、山積みになった死体の影からゆったりと歩み出てきた白い獅子がいきなりハナコの背中に頭をこすりつけた。びっくりして慌てふためくハナコに、ザンザスはかすかに笑みを浮かべながら獅子のたっぷりとしたたてがみを乱暴に撫でてみせた。
「ベスター、あまりこいつを驚かせるな」
白い獅子は甘えるようにザンザスの手に鼻先を押しつける。瞳の色はザンザスと同じ、赤色だ。
「ベスター……? このライオン、ザンザスの……?」
「匣兵器だ。天空ライオンという」
匣兵器というのは、ミルフィオーレが使用する最新兵器のひとつである。
人の生命エネルギーのみで稼働する兵器で、多くは動物を模しており、一機一機がレベルの差はあれどかなりの思考能力を有している。そのためただ命令を忠実に実行するだけでなく、それぞれに最適な判断を下すことができるという。人間と違い、雪原地帯や砂漠、ガスの充満する活火山地帯など、どんな危険な場所へでも入りこんでいけるので、灰嵐のきつい地域では兵士の数以上に主戦力として投入されることが多い。この白獅子ベスターも、おそらくはそれらと同じように戦闘用の兵器として開発されたものなのだろう。
「数週間前にミルフィオーレの護送団を襲撃して奪いとった。奴らの主力である匣兵器がこちらの手に入ったことは心強い。しかも、こいつはかなりハイランクの代物だ。カスとは比べものになんねぇほどの高度の思考能力を持っていやがる。こいつさえいりゃあ、おそらく、この地域を制圧している部隊程度なら一時間もかからずに殲滅することができるだろう」
「そう……。そういえば、スクアーロたちは? 彼らはどうしたの?」
「知らねぇ。数日前にはぐれたきりだ」
ザンザスはベスターを匣に戻しながら、こともなげに言った。
それから、青い顔をしているハナコの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「オレのヴァリアーに、そう簡単にくたばるようなタマはいねぇ。あのカスどもにはそれぞれ匣を与えている。どうせそのあたりでミルフィオーレの連中とやりあってるんだろう。心配するだけ無駄だ。だから泣くな、ハナコ――」
そう言いかけたところで、ふっと場の空気が変わった。
ハナコは顔をあげた。ザンザスが目を見開き、ばっと後ろを仰ぎ見た。灰嵐の戻ってきた空間に、二本足でたたずむ細い影があった。
4
「白蘭!」
ザンザスが憤怒の叫び声をあげた。
「その気配――絶対に忘れはしない、あの時の――!」
「ん」
灰嵐の向こうから、ゆったりとした声が返ってきた。影は近づいてくるにつれ濃さを増し、やがて灰嵐の中からぬっと白い手が現れた。続いて白い髪と顔があらわになり、ミルフィオーレの隊服を着用した若い男が姿を見せた。
道化めいた表情を浮かべている。
白蘭。
ハナコは呟いた。
あいつがわたしたちの仲間を――!
思わず一歩踏み出そうとした時、ザンザスの背がそっと立ちふさがった。
「武器も持たずに戦うつもりか」
ハナコを横目できつく睨みつけてから、白蘭に向き直る。
ミルフィオーレ・ホワイトスペルの証である銀のブローチが胸元で輝いていた。紫色の眼がきょろきょろ動き、ザンザスと、その後ろで声もなく立ちつくすハナコの姿を捉えた。
「なんだ。誰かと思えばやっぱり君か。えーと、確か……ザンザスとかそんな感じの名前だったっけ? その後ろにいる子は君のお知りあいか何かかな?」
「違う」
ザンザスはハナコを背でかばうようにしながら、
「こんな女は知らん。貴様のところの部隊に襲われていたのを、たまたま助けてやっただけだ」
「ザンザス――」
「静かに」
二人だけに聞こえるように、ザンザスが前を向いたままささやいた。
「オレが奴を引きつける。そのあいだに逃げろ」
ハナコはためらい、それから小さくうなずいた。戦いたい、だが、ザンザスの炎を見て慌てて飛び出してきたせいで銃もナイフも寝泊まりした場所へ置いてきてしまっている。そうでなくとも、最新の匣兵器を用いるだろう二人の戦いに自分が入りこむ隙などあるはずもない。ここは邪魔にならないように逃げるのがもっとも最善の選択だと踏んだのだ。
「ふぅん。嘘をつくのはどうかと思うけどな」
面白がるように白蘭は目を細めた。
「君のコト、知ってるよ。ハナコ、でしょ? 確か、身寄りがなかったのを九代目ボンゴレに引き取られてヴァリアーに入隊したんだったかな。それからはそのザンザスくんとずっと一緒だった。あのクーデターの時も、指輪争奪戦の時も。ただ、彼が氷の中で八年間の眠りについていた時と、君たちの何番目かのアジトがミルフィオーレの襲撃を受けてからしばらくは離ればなれだったみたいだけど。どう? 合ってる?」
目を細めてにっこりしてから、青ざめたハナコを舐めるような目で見つめた。
「その様子だと正解だったみたいだね。よかったよかった、間違えてたらどうしようかと思ったよ。なにせ君たちに関しては覚えなきゃいけないことが多すぎて、誰がどれだかさっぱりなんだもの。剣帝を倒したのはどいつだったっけ? どこかの国の王子に、金の亡者もいたような――ああそう、あれは誰だったかな。バラック屋根のスラムで暮らしていた、痩せっぽちの小さな男の子は――」
「黙れ」
低い声でザンザスは言った。
「てめぇのくだらん戯言に耳を傾けるつもりはない。黙って消えるか、ここでオレに殺されるかのどちらかを選べ」
「あれ。意外に優しいんだね。見逃してくれるの?」
白蘭はけらけらと笑った。「ま、逃げたところで追いかけてくるのは分かってるよ。君はこの二年間、ずっと僕だけのことを追いかけていたんだもの。狙い続けてきたその敵の大将がひとりでのこのこと現れたんだ。君がチャンスをみすみす見逃すような人間じゃないってことは僕もよく知ってる。きっと、ここで蹴りをつけるつもりなんだろうね」
「オレはてめぇさえ殺せりゃそれで満足だ」
ザンザスはにやりとした。
その手の指輪にオレンジ色の炎が灯り、赤い火花を散らしながら今にも爆発しそうな勢いでふくれあがった。もう片手の匣にそれを押しこむと、中から、あの白い獅子ベスターが炎を撒き散らしながら吠え声をあげて飛びだしてきた。
「この世界がどうなろうと、ほかの奴らが何人死のうとオレには関係ねぇ。死んでいった奴らを覚えておいてやるつもりもねぇ。強い者だけが生き残る。昔も今もそうだった。だが――二年前のあの日、貴様がボンゴレ九代目を――わが父を葬ったことだけは! 一時たりとも忘れたことはなかった!」
同調するようにベスターが咆哮した。
その瞬間、その全身を稲妻のような光が走り抜けた。光は獅子の流れるような毛並みに黒い縞を描き、誇らしげなその顔を虎とも獅子ともつかぬ威容に仕立てあげた。たてがみは炎をまとい、鋭く尖った足の爪が触れただけで足元の地面を切り裂いた。
「てめぇはここで葬ってやる、白蘭。てめぇが九代目にしたのとまったく同じようにな」
ザンザスの顔にも痣が浮かびあがっていた。かつて彼が九代目の奥義によってつけられた因縁深い古傷であったが、奇しくもそれはベスターと同じ柄模様を思わせた。
ハナコはこの時初めて、九代目が永逝したことを知った。身よりのない自分に優しくしてくれた老人の温かな手を思い出し、ハナコはあらためて胸の中で怒りがふくれあがるのを感じた。
「へぇ、天空ライオンか。どこへ消えたかと思えば、そうか、あの護送団を襲ったのは君だったというわけか。それ、造るの難しかったんだよ。大切に扱ってよね。天空ライオン……いや、もうただのライオンじゃあないか。獅子の身体にその縞模様――ライガーと呼んだ方がふさわしいかな。君のその不思議な炎は確か大空と嵐の属性だったっけ。さしずめ天空嵐ライガーとでもいうところかな?」
「武器をとれ、白蘭!」
ザンザスが吠えた。ベスターが唸り声をあげて構えの姿勢をとった。
「なんだ、もしかして怒ってるの? 僕が君のお父さんを殺したから?」
おどけた調子で白蘭は言った。
「でもさぁ、どのみち放っておいても死ぬような老い先短いじーさんだったじゃん。足腰痛めて苦しそうだったからさ、僕が楽にしてあげたんだよ。杖をつかないと歩けない老体がこんな灰嵐の中で生きていけるわけがないもの。そうでしょ?」
片手でぽんぽんと足を叩き、それから急に表情を鋭くした。
「君たちもさっさと楽になりなよ。いいかげん疲れたでしょ? 戦って、戦って……それで何になるっていうの? 無駄な抵抗はよした方がいい」
「ボンゴレは最後の最後まで戦う」
ザンザスは懐から取り出した銃を構えた。「父がそうしたのと同じようにな」
「ははっ。残念だけど君たちの思いどおりにはならないよ。だってボンゴレの人間は、ヴァリアーを含め、君たち以外みーんな死んじゃったんだしさ」
「――え……?」
かすれた声をもらしたハナコを、ザンザスはふり返った。
ハナコは目を見開かせたまま、呆けた表情でじっと白蘭を見ている。
「あれ? もしかして知らなかったの?」
白蘭はわざとらしく小首をかしげた。
「皆死んだよ。殺されたんだ。ミルフィオーレの精鋭部隊によってね。そこのザンザスくんのように命からがら生きのびた奴もいたけど、結局、彼と君以外は全員死んじゃった。なんなら証拠を示してあげてもいい。僕についてきてくれれば、回収した彼らの武器や遺留品を見せてあげるよ。どう?」
「違う――皆が死ぬわけが――」
ハナコはぼうぜんと繰り返した。
「皆が――ヴァリアーの皆が――ボンゴレが――」
「まだ信じられない? だったら教えてあげる。君の親友でもあったスペルビ・スクアーロはこっちの剣士と相討ちになって死んだよ。倒れてもなお、義手の剣を天高くかざしたままね。ルッスーリアとかいうムエタイ使いも同じ戦いの中で死んだ。彼が倒したミルフィオーレ兵の死体の山のすぐそばで、うつぶせに倒れている姿が見つかったそうだ」
「聞くな!」
ザンザスがふり返って、耳をふさぐようにハナコの頭をかき抱いた。
だが、白蘭の声はその腕を通り抜け、何よりも大きく、鋭くハナコの耳に届いた。
「レヴィ・ア・タンは数多くのミルフィオーレ兵を屠ったつわものとして恐れられていたけれど、最期は実にあっけなかった。そこのザンザスくんをかばって死んだのさ。プリンス・ザ・リッパーの通り名で知られるベルフェゴールは、亡くなったと思われていた実の兄と刺し違えて死んだ。術士マーモンは勝ち目がないと知るとすぐさま自害したそうだよ」
「黙れ!」
ザンザスは叫び、ハナコを突き放して白蘭に銃口を向けた。
「貴様はここで葬ってやる――絶対にだ!」
ふらふらとその場に崩れ折れたハナコにちらりと視線を向けてから、ふたたび向き直る。ベスターはうかがうように主を見つめていたが、主の闘争の意志を読みとり、炎のしたたり落ちる牙をむきだして吠えたてた。
「仕方ないなあ。ま、いいや。食事の前の準備運動くらいにはなるでしょ」
彼が指にはめた指輪から炎が吹きだした。目もくらむような光があたりを覆い、次の瞬間、白い熱波が爆発的な勢いで視界を埋めた。ハナコはぼうぜんと顔をあげ、そこに、光に埋もれながらも決死の表情でこちらに手を伸ばしているザンザスの姿を見た。
5
「白蘭様! 御無事ですか!」
ひとりのミルフィオーレ兵が、声を枯らして叫びながら斜面を滑り降りてきた。
灰除けの頭巾も身につけていない。戦い慣れしていないのか、その顔は恐怖と緊張で完全にこわばってしまっている。護身用の銃をひどく重そうに抱えながら、彼は灰嵐の中に立ちつくす白蘭のもとへまっしぐらに駆けていった。
「白蘭様、お怪我はありませんか!?」
「もう終わったよ」
手をこすりあわせて払い、白蘭は微笑んだ。
「やっぱり、さっきのあの炎はボンゴレのものだったよ。ああ、そんなに怯えないで。もう始末したから。誰も攻撃してきたりしないって。そうそう、そのへんに天空ライオンの匣が転がってるはずだから、回収するようにどこかの部隊に頼んでおいて」
「天空ライオンというと、あのヴァリアーに襲撃された……そうですか、ヴァリアーの大将を倒されたんですね。お疲れさまでございました。ところで、その女性は……」
「ああ、これ」
白蘭は足元に視線を向け、うなだれているハナコの腕を無理やり引きずりあげた。
「そのヴァリアーの大将がひいきにしてた女だよ。ハナコちゃんだってさ」
「はあ」
ヴァリアー、という言葉にぴくりと反応してから、若い兵士はおそるおそるハナコの顔を覗きこんだ。暗殺者集団だということは聞いていたので、見た目も中身もその名にふさわしい人間を想像していたらしい。下を向いたままの女の顔が思いのほか普通だったことにびっくりしたらしく、兵士はおお、とか、へえ、とか意味のない言葉を連発しながら、物珍しげに女の顔を眺めた。
「それで、どうされるのですか? この人?」
「うーん。殺そうかとも思ったんだけど、やめたよ。なんかその気にならなくてね。君、どう? やってみる?」
「いえ! 僕は――いや、私はあまりまだそういうことに慣れていなくて――」
「分かってるって」
必死になって頭をふる若者に、白蘭は優しく笑いかけた。「ちょっと冗談で言ってみただけだよ。それより、天空ライオンの匣を回収するように頼んできてくれる? 灰嵐が濃くなる前にね。見つけるの、けっこう大変だろうから」
はい、と元気のいい返事をして、若者は駆け降りてきた斜面をよじ登っていった。
その背が灰嵐に見えなくなるまで見送ってから、白蘭は頭を上げた。
いちだんと濃くなってきた灰色の紗幕の向こうで、太陽が鈍く淡い輝きを放っている。青空は見えない。――もうどこにも。
宙をきつく見据えたその眼に、一瞬、飢えた肉食のような光が宿ったかと思われたが、それもほんのまばたきの内に消えた。白蘭はいつもの微笑を浮かべてその場にかがみこむと、灰の地面を見つめたまま動かないハナコの肩に手を置いた。
「諦めなよ。彼はもうどこにもいないんだから」
ハナコはゆっくりと顔をあげた。
うつろな視線が何かを求めるように宙をさまよった。声もないまま、唇がかすかに動いた。
「僕だって、別に君を苦しめようとしてやったわけじゃない。ただ、邪魔だったんだよ。彼も。君も。何もかもが。だから殺した。消したんだ。――だけど、ここでやるべきことはすべて終わった。この僕にできることはもう何もない」
白蘭はハナコの隣に腰を下ろし、ひとりごとのように呟いた。
「こうやって地上は支配できた。人間、植物、動物、あらゆる生命は僕の手にゆだねられたも同然だ。望めばきっと更なる地位を手にすることもできるだろう。――けど、違う。僕が本当に欲しいものはどこにもない。この世界の、どこにも」
つまらなさそうに唇をとがらせながら、足元の白い灰をつまんだり、ひっかいたり、今しがた起きたことになどすっかり興味を失くした様子で、指の隙間からさらさらと灰がこぼれ落ちるのを知らん顔で見つめる。
「あーあ。この選択も間違いだったってわけか。どうしようかな。やることもないし、飽きちゃったな。つまらないの」
ため息をついて、ふと隣に目をやる。
白蘭の灰だらけの手がゆっくりと持ちあがり、ハナコに触れた。
「……それとも……君が愉しませてくれるかい、ハナコ?」
6
甲高い悲鳴をあげてハナコは身を起こした。
眠りから覚めても、夢の残滓はまだ全身にまとわりついていた。最後の最後に伸びてきた灰だらけの白い手を振り払おうと、わけの分からないことを叫びながら暴れ始めたハナコに、周囲で眠っていた隊員たちも何事かと身体を起こす。
「うるせえぞぉ! 何時だと思ってやがる!」
幹部用の野営テントからすっ飛んできたスクアーロがハナコを平手で打った。頬に走った鋭い痛みでハナコはようやく我に返った。
落ちつきを取り戻したハナコは、夢の中で起きた出来事を手短にスクアーロに説明した。
灰嵐の世界のこと。白蘭のこと。ヴァリアーの隊員たちが次々に死んでいったこと。ザンザスが死に、自分ひとりだけが生き残ったこと。白蘭が自分に手を伸ばしてきたところで目が覚めたことも。
「んなもん、ただの夢に決まってんだろうが。ピイピイ泣きわめいてねえでさっさと寝ろぉ。明日も早いぞぉ」
冗談か何かと思われたようだ。スクアーロはあくびをし、面倒くさそうに頭をかきながら寝床に戻っていった。周囲で黙って耳を傾けていた平隊員たちも、スクアーロの態度に倣うように次々と毛布をかぶり直した。テントが寝息でいっぱいになるまでそう時間はかからなかった。
「……ハナコ?」
不安で眠ることができず、目を開けたままだったハナコに友人が声をかけてきた。
「怖いの? ……眠れないんだったら、行ってきたら?」
少しためらってからうなずき、ハナコはそそくさと寝床を出た。
火を起こして見張りをしていた隊員と互いに手をあげて無言で挨拶をかわし、幹部用のテントに音をたてないように忍びこむ。毛布に完全にくるまって動かないスクアーロや寝台から足のはみだしているレヴィを横目に見ながら、ハナコは奥の間へ向かってそっと声をかけた。
「ハナコか?」
低い、静かな声が返ってきた。
「入れ」
仕切りをくぐると、ザンザスが寝台に腰かけていた。
その足元にはベスターがうずくまり、さして広くない部屋を淡く照らしだす金属ランプを興味深そうにじっと見つめている。
「眠れないのか?」
ハナコはうなずいた。
「こっちへ来い」
ハナコが近づくと、ザンザスはその手をぐいと引っぱって膝の上に抱えあげた。
腕の中にすっぽりと収まったハナコを見て、満足げな笑みを浮かべる。「これでいい」
ハナコは夢で見たことを包み隠さず話した。
「くだらねぇ」
ザンザスはそっけなく笑っただけで、灰嵐の世界や、白蘭のことについてはほとんど触れようとしなかった。その代わり、自分がどれだけ強いかということ、現在進められているミルフィオーレ殲滅作戦が順調に進んでいることをハナコの耳に吹きこんだ。
「オレはまだまだ死なねぇ。カスどもも、あの老いぼれじじいもな」
ザンザスはにやりと口の端をつりあげ、ふと気がついたように目をこらした。
「誰かに叩かれたか?」
大きな指先がそっと頬のあたりをなぞった。
目が覚めて暴れた時にスクアーロに、と答えると、ザンザスは怒ったような困ったような複雑な表情になった。
「仲がいいな」
そうでもない、とハナコが答えると、ザンザスは「あいつはおまえを親友と言ってたぞ」とそっぽを向いた。
ハナコがスクアーロと関わることをザンザスがあまり快く思っていないのは知っていたが、ザンザスという共通の友(上司?)を失っていたあの八年間にハナコとスクアーロの絆は誰にも断ち切れないほど強固になっていた。ザンザスに言われたからといってどうこうできるものではないのだ。とはいえ、これ以上言い訳をしても彼の機嫌をそこねてしまうだけだろう。とりあえずお礼を言い、彼の膝の上から降りようとして、ハナコは後ろから強く抱きすくめられた。
「ここにいろ」
たくましい二本の腕に抱き寄せられて、ずるずると寝台に戻る。
ベスターがあくびをするのが聞こえた。明かりが消え、暗くなった室内で、ハナコはザンザスがそばにいるのを感じながら、あの夢のことをひとつひとつ思い返した。
夢と現実は違う。夢では数年後に見つかったベスターが、現実の今、ここにいるのが何よりの証拠だ。
しかしいくら自分にそう言い聞かせても、暗くて静かなところにいると、どこからかあの灰嵐の音が聞こえてくるのだ。どこまでも続く砂と灰の海。吹き荒れる白い嵐。死をもたらす闇と静寂。ミルフィオーレ。白蘭。
わたしたちにはどんな未来が待ち受けているのだろう。ヴァリアーは、ボンゴレは、いったいどうなってしまうのだろう……?
怖くなって、ハナコは目を閉じた。薄暗いまぶたの裏で、あの灰だらけの白い手がいつまでも自分を手招いているような気がした。
おわり
TITLE:vertigeより「スカイ・サイン」
DATE:2010.1.12
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