彼女を呼ぶスクアーロの声で目が覚めた術士マーモン。
ザンザスのお情けで命拾いした彼女はヴァリアーの屋敷を無邪気にはしゃぎまわり、そして「沢田綱吉病」の感染者が増えていく。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
「う゛お゛ぉい! あんまりはしゃぎまわるんじゃねえぞぉ! 怪我したって知らねえからなぁ!」
けたたましい声で目が覚めた。
どうやら朝のぽかぽか陽気につられて、うとうとしていたらしい。マーモンはすこし悔しい思いで草むらから身を起こした。
こんなところで眠ってしまうとはまったくの不覚、まったくの不覚である。強欲のアルコバレーノたるもの、いつなんどきも他人に隙を見せてはならないのである。
なにか足りないような気がしてあたりを見渡せば、頭の上にいるはずのファンタズマまで草のなかにこてんと転がって眠りこけていた。マーモンは小さな手であわててファンタズマをひっつかみ、頭の上にのっけた。
(さっきの声はスクアーロだな……)
いったい何があったんだろう。
そう考えた矢先、ちいさな少女が目の前を走って過ぎた。マーモンの顔を隠していたフードが風に吹かれてめくれあがる。ファンタズマがいてくれたおかげで、完全にめくれてしまうことはなかったが。
(あれは……ハナコか)
すばやくフードを引きおろし、マーモンはどうしようかしばらく悩んでから、やがてふよふよとハナコの向かったほうへ飛んでいった。
ハナコには父母はいない。
正確に言うなら、物ごころついた頃には彼女の前からいなくなっていた。親なし子である。
彼女は都市で(勇敢にも)ザンザスの持ちものをくすねようとしたところを、スクアーロにひっつかまれて取り押さえられた。本来ならそこで焼死してもおかしくなかったのだが、どういうわけかザンザスのお情けにより助かった。
で、なぜか屋敷にいる。
誰が連れてきたかというと、ザンザスである。理由はわからない。おかげで幹部は誰ひとりとして文句を言うことができず、気がついたときには、無邪気にはしゃぎまわるハナコの姿にすっかり夢中になっていた。最強の暗殺部隊がなんてざまだ、としばらく自暴自棄になったが、それもほんの二日程度で終わった。
ひとりの子どもに夢中になるという自分たちの症状を、スクアーロは「沢田綱吉病」と呼んでいる。あのボンゴレ十代目沢田綱吉が組織の子どもたちの世話を焼いている姿を見かけたとき、そうだこれは沢田綱吉の気かなにかにあてられてしまったのだ、と思いついたらしい。
沢田綱吉病の感染者はたくさんいる。
『あらあらハナコ、水たまりにしゃがみこんじゃってどうしたの。ひじもひざも泥だらけじゃないの』
お母さん役をつとめているのはルッスーリア。
ハナコの服を注文したり、彼女のためにとびっきりのデザートをつくってあげたりと最近やけに忙しそうだ。
『……オレにくれるのか? ……あ……すまない』
お父さん役をつとめているのはレヴィ・ア・タンだ。ただしルッスーリアとセットで夫婦にされると怒る。最近すなおにありがとうを言えないのが悩みらしい。
『う゛お゛ぉい、ひっつくな! なんだぁ、それでじゃれてるつもりなのかぁ!? おらっ、こうしてやる!』
お兄さん一号はスペルビ・スクアーロ。銀の長髪にひっついてくるハナコを抱きあげたり、高い高いをしてあげたりするのに余念がない。
『おまえ、案外やるじゃん。次はトランプしようぜ、その次はテレビゲームな』
お兄さん二号はベルフェゴール。ハナコの普段の遊び相手は彼である。
遊びのほかにもちょっとした悪戯を教えたり、王族ごっこをしてみたりと、楽しくてしょうがないようすだ。
『……おい。毛布もってこい』
ザンザスの立ち位置はよく分からない。
けれども幹部のあいだでは、彼は「おじいさん役」と決まってしまっていた。なぜならハナコはしばしばザンザスに抱きついたまま膝の上で眠ってしまい、ザンザスも、いやがるそぶりは特に見せず、むしろ毛布をかけてあげてそのまま休ませてしまうからだ。まるで孫をかわいがる祖父のよう。
ハナコを膝に乗せて会合に参加するザンザスの姿はそれはもうこっけいなものだったのだが、笑ったらこんがり焼かれそうだったので誰ひとりとして笑えなかった。いい思い出である。
(……僕はどんな立ち位置なんだろう)
ふわふわ宙に浮きながら、マーモンはぼんやり考えた。
自分が沢田綱吉病だという自覚はないが、他人に変なポジションにあてはめられてしまうのはいやだ。それなら決められる前にさっさと自分で決めてしまいたい。
けれどもお父さんもお母さんもおじいさんもいるし、お兄さんにいたっては二人もいる。おばあさんのポジションが空いているが、なんとなくいやだ。お姉さんは論外だ。孫も。ペットも。
「マーモン!」
気がついたらしいハナコが白い花畑から顔をあげた。
「いっしょに遊んで——」
元気よく飛びだして、ハナコはこけた。
「ハナコ!?」
マーモンは自分の口から爆発した叫びと、飛ぶスピードを速めた自分にすこしびっくりしてしまった。まさか他人のために動くことがあるとは。ファンタズマが驚いたように高い鳴き声をあげて足踏みしたが、スピードをゆるめることはしなかった。
「ハナコ、大丈夫かい」
土に伏せられていた顔がゆっくりと起きあがる。
一文字にひきむすばれた口も、涙をこらえている目元も、全身がぷるぷると震えていた。
「が・ま・ん……」
どこかで聞いたことのある台詞をつぶやいて、ハナコはわっと泣きだした。
マーモンはため息をついて、ちいさな両手をかざした。たちまちハナコの周りをきらきらする粒子が舞い、光りかがやく鳥になってあたりを飛びまわった。目をごしごしこすり、ぽかんと口を開けているハナコの前で、翼をうちふってはばたいてみせる。幻術だ。
「鳥さん」
ハナコの顔がぱっと明るくなった。
やれやれ。僕がいないとだめだな。マーモンはこみあげてきた思いをこらえきれず、ファンタズマといっしょに笑った。ハナコのそばの地面に降りて言い聞かせるような声で言う。
「走るときには足元に注意していないといけないよ。でっぱりにつまずいたら、転倒することもあるだろうから」
「うん」
「怪我をしていたらいけないから、医療班の人に診てもらおうか。どうせほうっておいてもすぐに治るようなものだとは思うけど、そのほうがスクアーロたちも安心するだろうし」
「うん。でもだいじょうぶ」
ハナコは起きあがり、腰に手をあててやけに偉そうに胸をはった。
「怪我してないもん」
「こういう時には素直に年長者の言うことを聞いておくべきなんだよ」
マーモンはちょっとむきになって言った。
「もういい。だったら自分の足だけで帰りなよ」
くるりと背を向け、歩きだしたとたん、視界が土だらけになった。
不覚。一生の不覚である。アルコバレーノたるこのマーモンが、このような子どもの目の前でこけてしまうとは。こけた拍子に飛んでいったファンタズマも情けないぞと鳴いている。ここから消えてしまいたい衝動がわいてでてきた。姿を消したところでこけた事実が消えるわけでもないが。
「——マーモン、足元に気をつけないと」
もういい消えてしまおうと決意した瞬間、たよりない腕にすくいあげられた。
「やっぱり、私がいないとだめだなぁ」
ハナコはにこにこ笑いながら、マーモンを腕に抱いて歩きはじめた。
ちょっと動揺してしまったが、それを悟られないようなんでもないふうを装おうマーモン。これじゃあまるで本当の赤ん坊みたいだ。見た目はともかく、中身は誰よりずっと大人のはずなのに。
けれども子どもの温かい腕につつまれていると、なんだかだんだん眠たくなってきた。誘われるように目を閉じる。たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
ほうりだされていたファンタズマが、器用にジャンプしてハナコの頭上に飛びのる。今はこっちのほうが安全だろうという判断らしい。
この関係をなんと呼ぶべきだろう。
腕の中で揺られながら、マーモンはふと考えた。
友達? 兄弟? それとも恋人?
(……ま、今はどうでもいいか)
きっといつか分かることだ。確実性のない未来について思い悩むより、もっと現実を考えたほうがいい。
現在分かっていること、それは僕が彼女のことを嫌いではないこと。そして沢田綱吉病の感染者がひとり増えたということだ。
(今しばらくは怪我の功名と思って、素直にこの少女に甘えておくか……)
遠くからスクアーロの声がする。
幻術の鳥が頭上を飛びまわり、ふりまかれた金の粉が初夏の日差しのなかできらきらとかがやく。赤ん坊を抱いた少女は子守唄をうたいながら、呼び声のするほうへ、ゆっくりと歩いていくのだった。
おわり
TITLE:vertigeより「怪我の功名」
DATE:2008.8.2
No responses yet