Infiorata(レヴィ・ア・タン夢)

バレンタインの夜、ひとりでしくしく泣いている女に遭遇したレヴィ・ア・タン。彼女が手にしているものを目にして、ある行動に出る。

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「ぬ?」
 ヴァリアーの幹部レヴィ・ア・タンは背中にかかげた武器に手をのばした。「誰だ、そこにいるのは!?」
 夜遅くにこの棟で人影を見るのはめずらしいことだった。揺りかご以降、幽霊が出るとかなんとかでうわさになってから近づく者が極端に少なくなったのだ。若い隊員たちがときどき怖いもの見たさに肝試しをしているらしいが、レヴィはそういったたぐいのことが嫌いだった。声が大きくなってしまったのもそのためである。
「……おい、そこにいるんだろう! 出てこないのならこっちから引きずりだしてやるぞ!」
 痺れをきらしたレヴィはずかずかとそちらへ近づき、いきなり影につかみかかった。
「捕まえたぞ、こそこそして手間をかけさせおって。どこの隊のなんというやつだ、名を名乗れ」
 後ろを向いたままの肩をがっしりと指で挟みこむ。しかし、相手は黙ったままだ。
「馬鹿者、聞こえているなら返事をせんか! この……ぬ?」
 つかんだ手の内の感触が想像以上にほっそりとしていることにようやく気づき、レヴィは目を丸くした。
 女?
「レヴィ隊長――」
「おまえ……ハナコか」
 雷撃隊の隊員だった。番号はないが、マスク持ちの番号候補だ。
 レヴィが手を離すと、うつむいて壁ぎわにぴたりとくっつく。レヴィはどぎまぎしながら手を後ろにひっこめた。やましいことがあるわけではないが、こんな時間、こんな暗い場所に女がいるというのはなんとはなしに胸の内を騒がしくさせる。
「何をしている、こんなところで。よりにもよってこんないわくつきの場所に――」
 そこまで言って、レヴィははたと気づいた。
 そういえば今日はバレンタインデーではないか。昼ごろ、いつものように大量のチョコを抱えたスクアーロやベルフェゴールが面倒くさそうに、しかしどこか得意げな表情で歩いていたのを見かけたような気がする。どうせ自分には関係のないことだと稽古部屋にほとんどこもりきりだったレヴィには、部下(男)からなぐさめのチョコがひとつふたつ届けられたのみである。
 雷撃隊の人間にはこんな浮かれきった行事には参加しないように(ある種の嫉妬も込めて)前もって言いつけてある。どうせロクなことにはならないから、と口を酸っぱくさせた甲斐あって、ジャッポーネの流行りを真似たこの風習には今回は雷撃隊はあまり参加しなかったようである。――もっとも、何人かの隊員はその場の盛りあがりに乗っかってかなりの醜態を晒してしまったようだが。
 もしや、ハナコもそうなのだろうか? 誰かにチョコレートを渡して――ここで、その相手と落ちあう予定だったとか。実は近くにその相手が潜んでいるとか……。
 そう考えると、自分がずいぶん野暮なことをしているような気がしてきた。レヴィはまごつき、もういい、とりあえずこの場を離れようとハナコに声をかけようとして、ぎょっと目をむいた。
 ハナコは泣いていた。充血して真っ赤になった目の端からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 レヴィは視線を落とし、ハナコの手の中に足形のついた箱があるのに気がついた。
「レヴィ隊長のおっしゃるとおりでした。やめておけばよかったんです。こんなことで泣いてしまうくらいなら……」
「お、おい……」
 何か言おうとするが、うまくいかずに喉もとでつっかえる。レヴィは狼狽し、ハナコを見つめた。
 ええい。こんな浮かれた行事に参加して泣くくらいなら、いっそ初めから参加しなければよいではないか。チョコを渡す女も、それで泣く女も馬鹿げている。ふざけているとしか思えない。
 ――だが、こんなことで女を泣かせる男はもっと馬鹿げている。
 ハナコがびくりと顔をあげた。レヴィの手がぬっと伸びてきて、いきなり自分の手に乗っかった箱につかみかかったからだ。
「レヴィ隊長?」
 レヴィは箱をひったくるが早いか、包みを破り捨て、靴底の形にへこんだチョコレートを口の中に放り入れた。あぜんとするハナコの前でむっしゃむっしゃと口を動かし、音をたてて飲みこむ。
「ふん」
 口に周りについたチョコレートを手の甲でぬぐって、満腹といわんばかりに腹を撫でた。「これで満足か、ハナコ?」
「……レヴィ隊長」
「たかがチョコレートひとつ、受けとってもらえぬくらいで泣きわめくような女はわが雷撃隊には不要。用が済んだならマスクをつけて顔を隠し、稽古部屋でまだ剣の練習をしているウーノの剣の相手にでもなってやれ」
 空になった箱と包み紙をひとまとめにしてべこべこにへこませ、ポケットに突っこむ。
「それと」
「え?」
 ぼうぜんと見あげてくるハナコから目をそらし、口元をもごもごさせる。
「その、なかなかうまかった。こんなうまいものを食べないとは、損をしたな、その男」
「……ありがとうございます」
 花が咲くように、ハナコが笑った。
「ぬ……」
 レヴィは照れかくしにあごをかいた。「いいから、さっさと行け。ウーノが練習相手を探してる」
 はい、とうなずいて、ハナコが目元をこする。どこからともなく取りだした黒いマスクをつけてうつむくと、まだ赤い頬や腫れた目元もマスクに隠れて見えにくくなった。
「よし。それでこそ我が雷撃隊の一員だ」
 レヴィはうなずき、ハナコの肩を押した。「さあ、行ってやれ――」
「はい!」
 敬礼し、走りだしたハナコの背中を、レヴィは黙って見つめた。明日にはいつもどおりの元気な彼女を見られるだろう。――また照れくさそうにあごをひとかきして、レヴィはもと来た道をゆっくりと戻っていった。

     おわり

TITLE:「Infiorata」
DATE : 2012.8.5

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