髪を切ったことにすぐに気付く雷撃隊のウーノ。途中で気づくドゥーエ。さっぱり気がつかないトレ。彼らのリーダーであるレヴィは果たして?
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「なんだか雰囲気が変わったみたいだな?」
その問いかけにハナコはふり返り、思わせぶりに目を細めた。
街へ出たついでに、長かった髪をばっさりと切ったのだ。胸ぐらいまで伸びていた髪をおもいきって肩の上でそろえると、襟首のあたりに風が吹きこんできて気持ちがよく、休み時間のあいだにのんびり庭園を散歩していたところへ、そう話しかけられたのだった。
「なにが変わったのか……さて」
「気がついているんでしょう、ウーノさん。にやにやしてないで、ちゃんと見てくださいよ」
せがむようにハナコが言うと、男は耳元に手をかけて、顔の半分をすっぽり覆っていた黒いマスクを外した。
「ああ、分かっているよ。髪を切ったんだろう、ハナコ。よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
ハナコはにっこりした。
これほどの変化だと、がさつな人間が多いといわれる雷撃隊の隊員でもさすがに気がつくらしい。とはいえ、ウーノはとびぬけて気が利くほうだから、もしかするとほかの雷撃隊の隊員は気がつかないかもしれない。おなじ番号持ちでもドゥーエは気がつかなさそうだし、トレなんてもってのほかだ。
(やっぱり、ウーノさんっていい人だな)
数ヶ月ぶりの再会だというのに、髪の長さの変化に雷撃隊のウーノが気がついてくれたことが嬉しかった。
ハナコが自分を慕っていることを理解してか、スクアーロの隊とレヴィの隊とでは仲が悪いにもかかわらず、ウーノは自分からハナコに近づいてきてくれる。ハナコより年上の彼は、ハナコにとってお兄さんのような存在だった。
「長いのもよく似合っていたけど、短い髪も似合うな。これからどんどん暑くなるし、今の季節にはぴったりだろうね。そういえば、君のところの隊長とは正反対の髪型だな?」
「スクアーロ隊長は絶対に髪を切りませんからね。その理由がどうあれ、はたから見てるぶんには暑苦しくてたまりません。どうやら髪にはこだわりがあるみたいですけど」
「オレのところの隊長も、そういえばいつも同じ髪型だな。ザンザス様の髪型に似せることにこだわっているみたいだけど。……レヴィ隊長とスクアーロ隊長は、髪にこだわりがある点では気が合いそうなんだけどな」
ハナコはおもわず、いつも喧嘩ばかりしている二隊長の姿を思いだした。どうやらウーノも同じことを考えているらしい、どちらからともなく顔をみあわせ、ふたりでくすくす笑っていると、にぎやかな声にひかれたようにドゥーエとトレが姿をあらわした。
二人は、ウーノが仲良さそうにしているのを見ておそるおそるハナコに近づいてきて、それからハナコと仲良くなった雷撃隊の番号持ちだ。
「久しぶりだなぁ、ハナコ。最近どうだよ、スクアーロ隊長はあいかわらず厳しいのか?」
トレが黒マスクをはずしてべらべらしゃべりだした。どうやらハナコの変化には一切気がついていないようだ。
ふいに目を丸くしてハナコに見入ったドゥーエが、ひじでさりげなくトレをつっつく。
トレは、ああ、なんだよ、とつぶやいただけで、それからずっとおしゃべりに夢中だ。数ヶ月ぶりの再会だから仕方がないとはいえ、こうも気付かれないと、もっと短く切ったほうがよかったのだろうかとついつい考えてしまう。
「……あれ? ハナコ、おまえ、なんか変わった?」
たっぷり数十分間おしゃべりをした後で、トレはようやく気がついたようにハナコを指差した。
独立暗殺部隊というすこし特殊な立場にいるとはいえ、ハナコも年頃の女の子なので、髪を切ったことに気付かれないのはすこし悲しかった。
だが、これぐらいでへこたれるハナコではない。本当に気がついてほしい人は別にいるのだ。彼に気がついてもらえたら――彼にさえ気がついてもらえたなら、ハナコはじゅうぶんに満足するはずだった。
「貴様ら、そこでなにをしている」
その人が、来た。
ハナコは顔をあげた。すべてを理解しているウーノが、がんばれよ、と一声かける。ドゥーエとトレは雷撃隊隊長の出現にびしっと背筋をただし、それから「レヴィ隊長~」と間延びした声をあげてすたすた彼に近づいていった。
「ぬ? ……ハナコか」
レヴィが一瞬だけ眉を寄せた。おなじヴァリアーの隊員とはいえ黒服の背の高い男たちに少女が囲まれている光景は、すこし不思議に見えるものらしい。
「はい。覚えていてくださってありがとうございます」
「覚えているもなにも、もう数年越しの付き合いじゃないか」ウーノがやわらかく目を細めた。「スクアーロ隊長のところとは仲が悪いけど、なんだかんだでうまくやっていますしね、レヴィ隊長?」
「そうだな」
レヴィは短く言った。
「おまえのことはよく覚えている」
ハナコは胸のうちが熱くなるのを感じた。
レヴィの頬も、かすかに赤く色づいていた。ウーノが言うには、レヴィはもともと女性と接することに慣れていないらしく、とくに積極的に好意を寄せてくるハナコのような少女は初めてらしかった。そのぶん戸惑いもあるようだが、ハナコと話すのは決して嫌ではなく、むしろ嬉しいものらしい。
それを聞かされるまでハナコはとくべつレヴィのことを意識したつもりはなかったし、ほかの幹部に接するのと同じように接していたつもりだったのだが、レヴィの本音を知ったとたん彼のことを意識するようになってしまい、今となっては彼のことが気になって仕方がなくなってしまっていた。
たぶん、これが『好き』ということなのだろうとハナコは結論づけた。初恋だった。
てっきりスクアーロのように端正な顔つきをした男か、ルッスーリアのような優しい性格の人を好きになるかと思っていたが、実際に恋をした男はとくにかっこよくもなく優しくもなかった。正直に言うと顔はかっこよくないし、それほど優しいとも思わない。だが、どうしようもなく愛しい。
考え事をしているとき、ぐっと寄せられている彼の眉が好きだ。ぶあつい唇が好きだ。鋭い視線も、ときどきふいに優しくなる視線も好きだ。両腕をいっぱいにひろげても包んであげられないくらい広い背中が好きだ。背伸びしても届かない大きな身体が好きだ。照れると恥ずかしそうに目を伏せるところが好きだ。屈強そうに見えて実は繊細なところが好きだ。一途で献身的なところが好きだ。ボスのためなら自分は灰になってもかまわないと考えているところが好きだ。ほんとうにときどき笑うところが好きだ。
とにかく、好きなのだ。ハナコはレヴィに夢中だった。
(――隊長も、たぶんハナコのことが気になっていると思うよ)
レヴィのことが好きかもしれないと打ち明けたときの、ウーノのやさしい表情をハナコはふいに思い出した。
(――レヴィ隊長、君がいそがしくてスクアーロ隊長につきっきりの時にはとくにそわそわしているよ。君のことが心配なんだろうね。もしかすると、スクアーロ隊長にとって食われてやしないかって)
スクアーロ隊長がそんなことするわけないのに。ハナコはくすりと微笑んだ。
「レヴィ隊長、私、なにか変わったと思いませんか?」
ハナコはレヴィを見上げた。
「ぬ……?」
レヴィがまじまじと見つめてくる。ハナコは赤面しそうになるのをこらえた。
気がついてくれるだろうか。髪を短くしたことに。雷撃隊はがさつな人間ばかりだとスクアーロ隊長は笑うけど、繊細なレヴィ隊長なら、もしかすると気がついてくれるかもしれない――
「髪が短くなった」
ぽつりとレヴィが言った。ハナコは大きくうなずいて、自然とあふれてきた笑みに目を細めた。
「似合いますか?」
「ああ。その――」
もごもごと口を動かす。大事な言葉をさがしているようだった。ハナコは笑みをうかべたまま、静かにその続きを待った。
いつもはまじめで多少堅苦しいところがあるぶん、今のレヴィには初々しさがあった。照れくさそうに頭をかきながら立つその姿は、まるで夢みる少年のようだ。
ハナコとレヴィの二人からあふれだす甘いようなじれったいような雰囲気に、トレがおおっと声をあげる。ウーノとドゥーエは黙ってことの成り行きを見守っていたが、レヴィがなにも言えないでいるのを見ると、三人でちらりと顔を見合わせた。
(もしかして……オレ達ってお邪魔虫? ハナコとふたりきりにした方がいいのか?)
(いやいや、あのレヴィ隊長だぞ。オレ達がいなければ恥ずかしさのあまり飛んで逃げていくに決まってる)
(ウーノ、おまえさりげなく隊長を侮辱してないか)
レヴィの後ろでこそこそささやきあう。レヴィもハナコも気がつかなかった。
「その……」
レヴィの目がじっとハナコを見つめた。
ハナコは期待に胸ふくらませ、愛しさをこめた瞳で見つめかえした。レヴィはひとつ息をついてから、
「任務の際、髪がじゃまになることがなくなった。これからはより効率的に仕事を進めることができるようになるだろう。スクアーロはこまかい仕事があまり好きではないらしいから、手伝ってやるといい」
まじめくさった顔でそう言ってのけた。
「髪といえば、スクアーロにもいいかげん髪を切るなり束ねるなりするようにおまえから言ってはくれまいか。暑苦しくてかなわん。これから夏が来ることだし――……ハナコ? どうした?」
「――もういいです!」
くるりと背を向けて立ち去っていくハナコに、レヴィはぎょっと目を見開いた。
「ハナコ? なにを怒っている?」
「怒っていません! 仕事があるので、スクアーロ隊長のところへ戻ります! 失礼します!」
「ま、待て、怒ってるだろう、どう見ても……」
なにかいけないことを言っただろうか――というような表情で、ハナコの背中に手を伸ばそうとする。届かなかった。
怒っているような悲しんでいるような顔をした少女は、振り返らずにぱたぱた走っていく――
「おい、ウーノ!? オレはなにかまずいことを言ったのか!?」
「ええと……乙女心は複雑ってやつですね」
ウーノは苦笑して言った。
「似合っていたら『似合っている』、かわいかったら『可愛い』というように、感じたままを素直に述べればいいかと」
「よ、よし、分かった。感じたままを言うのだな。感じたまま……ハナコ! 待て! ハナコ!」
大きな身体からは想像もつかないスピードで駆けていく。
雷撃隊の三人は、慣れない恋に悪戦苦闘している隊長の姿を見送るととともに、それぞれ応援の言葉を声高に叫んで彼をはげました。
「レヴィ隊長ー! 押して押して押しまくればいいんですよー! ちょっと無理やりなぐらいが……いでーっ! なんで殴るんだよ!?」
「隊長、今のは聞かなかったことにしてください! 手探りでもいいから時間をかけて愛をはぐくむべきですよ、やっぱり!」
「言葉や態度であらわさなければ肝心なことは伝わりませんから、好きなら好きと言ったほうがいいですよ! ハナコも、きっとそのほうが喜びますから――」
遠ざかっていくレヴィが、さっと片手をあげた。了解、ということらしかった。
レヴィ隊長、たぶん今の言葉を全部実践するだろうな……とウーノは思った。
その夜、レヴィがスクアーロの部下のハナコと寄りそいあうようにして歩いている姿が複数のヴァリアー隊員によって目撃された。
結局、ハナコとレヴィがお互いの気持ちに気がつくのにそれほど時間はかからなかったようだった。
しかし、黒マスクをしっかり身につけた雷撃隊の番号持ち上位三人が、二人の後ろをこそこそつけて、はらはらした表情で見守っている姿も同時に目撃されたという。そして白銀の髪をたばねて変装したつもりらしいスクアーロが、武器を片手に、結婚する娘を見送る父の泣き笑いのような表情で二人を尾行している姿も見かけられたとか。
おわり
TITLE:vertigeより「肝心なことが伝わらない」
DATE : 2008.06.10
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