彼方の約束(S・スクアーロ夢)

未来編の十年後スクアーロ夢。ヒロインは指輪争奪戦あたりから巻きこまれて十年後にも飛ばされたツナの同級生ポジション(ツナの事情は知ってるけども一緒に戦ったりはできない非戦闘員)で、メローネ基地攻略後、チョイスが始まるまでの期間のスクアーロとの話です。最後に現代のスクアーロもちょこっと登場してハッピーエンドで終わります。

2021年に書きかけていたのを仕上げてみましたが、途中で書くのをやめた理由をどうしても思い出せませんでした……もし原作とものすごい矛盾があったりしたら申し訳ありません。


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        彼方の約束

『ちゃおっス、邪魔するぞ』
「——リボーンさん!」
 小さな訪問者が立体映像ホログラムを通してあらわれたのに気がついて、入江正一は作業の手を止めた。
「ちょっと待ってて、いまそちらへ行くから……。スパナ、リボーンさんから通信が入っているよ。スパナ? 聞こえていないのかい?」
 地面をうねっているケーブルの束を乗りこえ、特殊イヤホンから照射されている立体映像の前にひざまずく。
「何か用事かい、リボーンさん? それとも作戦の伝え漏れでもあったかな?」
『今日はそいつの護衛だぞ』
 ホログラムのリボーンがにやっとする。入江は顔をあげ、そこで初めて、近くに立っている少女の存在に気がついた。
「君は……」
「昼食のお弁当を持ってきました。さっと食べられるメニューにしたので、もしよろしければ」
「あ——ああ! お弁当!」
 入江はしばらくのあいだ衝撃を受けた様子で口をぽかんとさせていたが、急に大きな声をあげると花子からお弁当の入った袋を受けとった。
「ありがとう! ちょうど一息つこうとしていたところだよ! 昨日から何も食べてなくて、そろそろスタミナ切れを起こしそうだったんだ。あ、エナジードリンクもある」
『絶対に必要だとジャンニーニが力説していたからな、入れておいたぞ』
「ありがたいや。ほら、スパナも」
「ん」
 離れたところでモニターとにらめっこをしていた金髪の青年がようやく顔をあげた。入江から弁当箱と飲み物の入った包みを受けとると、脇に置き、ふたたびモニターにじっと見入る。
「すまない。スパナはいま集中しているところなんだ」
 入江は申し訳なさそうに花子を見た。
「休憩したくなった時に食べると思うから、どうか気を悪くしないで。ところで、君は? リボーンさんの護衛があるとはいえ、ここまでひとりで来たのかい? 危なくはなかった?」
「レーダーに不審なリングの反応がなかったので許可をもらって出てきました。無線機を通してリボーンが道案内をしてくれたので迷うこともなかったです。本当はひとりきりで行こうとしたんですが、止められてしまって」
『花子は見かけによらずなかなか骨のある女でな。他の奴らは修行や準備で忙しくしているし、ひとりでも大丈夫だと聞かなかったんだが、念のためオレが遠隔でおまえたちのところまで案内することにしたんだ』
「それはよかった。位置や構造が以前とは大きく変わっているからリボーンさんの案内なしではきっとここまで辿りつけなかっただろう。嵐モグラに掘削させて、メローネ基地跡地からこの装置をまるごとここへ移したんだ」
 入江が壁に埋めこまれた白い装置を見上げる。
 巨大なゲートのようにも見えるそれは、いくつかの白い円盤型の部品とスライド式のパーツを組みあわせて構成されていた。中央にある巨大な開口部が今はぴたりと閉じられている。
「これがうっかり白蘭さんたちに壊されでもしたら大変なことになってしまうからね。なにせここには十年後の君たちが入っている。何があってもこれだけは守らなければ……あ、今はチョイスに向けて可動式の基地ベースユニットを作っているところだよ。広大なフィールドを駆け回るためにキャタピラをつけて自走できるようにするんだ」
 嬉々として話す入江の声を聞きながら、花子も白い装置を見上げた。
(……この中に、この時代のツナたちが……)
 過去へ戻るためのなんらかの仕掛けを内包していると思われたこの白い装置に辿りつくために、ツナたちは数々の戦いをくぐりぬけてメローネ基地の司令官である入江と対峙した。
 だが、実のところ入江は味方であり、この装置は自分たちと入れ替わりに過去へ飛ぶはずだったこの時代の面々をこの時代に留めておくための容器だった。ツナたちは確かに装置の中にとりこまれた十年後の自分たちの立体映像をその目で見たという……
「入江さん」
「ん? なんだい?」
「あの白い装置の中に——この時代のわたしはいますか?」 
 花子のこの質問に、入江は目に見えて分かるほど動揺した。
 敵将として、敵味方の両方を欺きつづけてきた彼らしからぬ狼狽ぶりだった。
「なんだって? い、今、なんて言った? ちょっと聞こえなかったな」
「わたしはアジトに残ってメローネ基地での戦いには参加しなかったから、直接この目で見たわけではありません。だけど照射された立体映像ホログラムのことを詳しく聞いていて気づいたんです。その装置の中にいるという人たちと、十年バズーカで入れ替わりになった人数が一致していないことに。わたし、今日はこのことを聞きたくてここまで来たんです」
 花子はきっぱりと言った。
「入江さんが説明していたんですよね。十年バズーカによってわたしたちと入れ替わりに過去へ飛ぶはずだったこの時代のわたしたちは、あの丸い装置の中に分子レベルに分解された状態で保存されているんだって」
「あ、ああ。そうだとも」
「照射された立体映像ホログラムにいたのは全部で十人……その時にはまだ入れ替わっていなかった京子ちゃんのお兄さんを除いたとしても、ツナたちとイーピン、京子ちゃんとハルちゃんで九人分。残りひとつはリボーンか……わたしか……もしくはスペインから日本に向かっていたバジルくんのものなのか。視認できたのがたまたま十体だけだったのかもしれない。本当は皆揃ってそこにいたのかもしれない。そう考えようとしたけれど、なんとなく気になるんです。この時代の人たちと会話するときに感じる何か……違和感のようなものに関係あるんじゃないかって」
 花子はそう言いながら、この時代で出会った人たちのことを思い返していた。
 ひとりきりでこの時代に飛ばされ、泣きながら山の中をさまよっていた自分を保護してくれたビアンキも、笹川了平も、フゥ太やジャンニーニ、草壁までも、最初、自分を見てひどく衝撃を受けたような顔をしていた。まるで花子がここにいるのが信じられないとでも言いたげな表情——さっき、初めて対面した時の入江もそうだった。
「それは……その」
 入江は何か言いかけて、ぶんぶんと首を振った。
「いや、違うんだ。僕たちの言動が、君に違和感や疎外感を感じさせる一因になってしまっているのなら申し訳ない。君を困らせようとしているわけじゃないんだ。皆だってそうだ。ただ……僕たちは……」
「教えてください、入江さん。この時代のわたしはあの装置の中に存在しているんでしょうか。それとも……もうどこにもいないんでしょうか」
 入江はしばらくの間、何も答えなかった。
 拳を強く握りしめたまま、目を合わせることすらできずにその場に立ち尽くしていた。
「……正一」
 途中から手を止めて聞き入っていたスパナが、気遣わしげに声をかける。
『教えてやれ、入江』
 無言だったリボーンが口を開いた。
『このまま黙っておくのはおまえも辛いだろう。花子ももう察しはついてる。それでも言いたくないっていうんなら、それでも構わねーが』
「いいや——リボーンさん」
 重く、正一は首を振った。
「僕には彼女の質問に答える義務がある。彼女をここへ連れてきたのはこの僕自身……過去の僕なんだから」
 顔をあげ、意を決した表情で花子と向き合う。
「君の質問に答えよう、花子。あの時、あの立体映像に存在していなかったのは君だ。君がいない理由は……君の想像しているとおり……この時代の君がもう死んでいるからだ。君はミルフィオーレファミリーの手の者に殺された。だから、あの装置の中に保管しておくべき分子も、情報すらも、君にはないんだ」
「そう——なんですか」
 花子は言った。
 予想していたより、衝撃はずっと少なかった。きっとそうだろうとなんとなく考えていたせいもある。それとも十年という歳月の長さが自らの死を他人事のように見せているのだろうか? あと十年で自分が死ぬということを告げられたのと同じことなのに。
「君をこの時代に連れてきたのは、過去の僕のミスだ!」
 入江ががばりと頭を下げた。
「ボンゴレとミルフィオーレの戦いに君を巻き込んでしまった。本当にすまない」
「頭をあげてください」
 入江の肩に花子はそっと手を置いた。
「わたしこそ、大事な時にこんなことを聞いてしまってすみませんでした。入江さんを困らせるつもりはなかったんです」
「だけど……花子」
「言いづらいことなのに教えてくださってありがとうございます。このことはツナたちには言わないでおきますね。こんな時にいらない心配かけたくないし……。さ、帰ろっか、リボーン」
「花子!」
 これ以上は入江とスパナの作業の邪魔になるだろうと、足早に立ち去ろうとした花子の腕を入江が掴んだ。
「もうひとつ……もうひとつ、伝えたいことがある」
「入江さん?」
「本当は伝えるべきではないのかもしれない。だけど、ほかならぬ君自身が気づいてしまった以上、君には知っておいてほしいと僕は思っている」
 迷いながらも、入江は花子の目をまっすぐに見つめて続けた。
「この時代の君は……」

   ◇

「……なんだぁ?」
 花子の姿を見ても、スペルビ・スクアーロは険しい表情を崩さなかった。
「オレに何か言いたいことでもあるのか」
 花子は無言でスクアーロを見上げた。
 入江たちのいる基地から戻ってきた矢先にスクアーロの姿を見かけたのだ。声をかけようかどうしようかと迷っている間に気づいたスクアーロが花子を見て近づいてきたのだった。だが、その表情はひどく険しい。花子を見るのすら嫌だといわんばかりだ。
「まだ山本武の修行が終わってねぇ」
 苛立ちを隠しきれない様子でスクアーロがきつく眉根を寄せる。「諸用で戻ってきただけで、すぐに出ていかなきゃなんねぇんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「入江さんに聞きました。この時代のわたしのこと」
 花子はおずおずと言った。
「それから、貴方のことも」
 スクアーロの眉がぴくりと動いた。
「……そうか。あいつ、喋っちまったのかぁ」
 諦めたようにふっと息をつく。
「もっと念入りに脅しておくべきだったな。入れ替わる前の笹川了平がうっかり口を滑らせるだろうと思っていたが、まさかメローネ基地の大将として敵味方問わず欺き続けたあいつが真っ先に口を割るとは」
「わたしが問い詰めてしまったんです。入江さんが悪いわけじゃない」
 花子は床に視線を落とした。自分に秘密を告白してくれた時の入江正一の苦しそうな表情を思い返すと、胸の内が重かった。
 この時代の人たちは、花子が傷つかないように黙ってくれていたのだ。
 ビアンキも、フゥ太も、過去と入れ替わる前の笹川了平も、きっとあの雲雀も——過去の花子が自らの死を知ってしまわないように。
「それで、おまえはどうしたいんだぁ」
 スクアーロが言った。
「入江に聞いたんだろうが。この時代のおまえが死んじまってることも——この時代のおまえが、オレと恋人同士だったってことも」
 花子は顔をあげた。
 険しかったはずのスクアーロの表情は、いつのまにか随分と穏やかなものになっていた。切れ長の青灰色の眼がじっと花子を見つめている。自分の知る若いスクアーロにはないその柔らかな瞳と表情に、花子は、彼が自分を通して今はもういない恋人の姿を見つめているのだと気づいた。
「……この時代のわたしは、貴方のどこを好きになったのかな」
 花子がぽつりと呟くと、スクアーロが小さく吹き出した。
「それをオレに聞くのかぁ?」
「だって——スクアーロとはそこまで関わりもなかったし。それどころか、ボンゴレファミリーの継承者の証だという指輪を巡って命がけの争いさえしたツナたちはもちろん、わたしだってスクアーロからすれば敵意を向ける対象だったはずなのに。好きになる要素があったのかなと思って……お互いに」
「さあな。どこを好きになったんだろうなぁ」
 少し眉を寄せて笑う。花子はどきりとして、思わず目をそらした。
 変なの。スクアーロのこと、一度だってかっこいいと思ったことなかったはずなのに、不思議と心が惹かれる。
 花子の知るスクアーロは、声が大きくて、いつだって自信満々で、命を賭けて戦う時でさえ不敵に笑みを浮かべているような男だ。指輪争奪戦の時にはその姿を怖いとすら思った。それなのにこのスクアーロは——初めて見た時にはほとんど同じ印象を抱いたはずなのに——今はひどく哀しそうに見える。
(現代のスクアーロも、こんなふうに哀しそうに笑うのだろうか。誰か大切な人を失った時には……)
 そう考えたとき、ふいに、同情にも憐れみにも似た気持ちが胸の底から沸きあがってきた。この人を助けたい。そう強く思った。
 自分は彼の恋人ではない。たとえ同一人物であったとしても、生きてきた時代が違うならそれは別人だ。それでも、この時代には彼の恋人だったという自分になら、もしかすると、彼の苦しみを取り除いてあげられる方法があるかもしれない。
「あの……わたしに何かできることはある?」
 花子はおそるおそる言った。スクアーロはほんの一瞬、驚いたように目を見開き、それから苦々しく笑った。
「別におまえに何かしてもらおうなんざ思ってねぇよ。そう思っていたとしたら、真っ先におまえに本当のことを告げているはずだろうが」
「じゃあ、スクアーロはわたしが気づかなかったらずっと黙っているつもりだったの?」
「ああ」
「どうして?」
「十年前のおまえに言ったところで、何が変わる?」
 スクアーロは冷笑した。
「入江やリボーンは、オレを哀れに思っておまえをオレのところまで差し向けたんだろうが、オレの知る花子とおまえは厳密には違う。おまえが現れたところで、この時代のおまえが死んじまった事実は変わらねぇ」
「でも」
「それとも」
 言いよどむ花子を、スクアーロはじっと見下ろした。
「死んじまった花子の代わりに、おまえがオレの隣に居てくれるのかぁ? 自分の時代にも帰らず、一生この時代に残る。それなら話は別だぁ」
「それは……」
 花子は小さく後ずさった。スクアーロの声に忍び寄ったただならぬ冷たさに気づいたからだ。
 たいした覚悟もないくせに。そう言われている気がして、花子は口をつぐんだ。十年後の自分がどんな人間だったか、この人とどんな関係だったかも知らないくせに、どうして代わりにこの人を慰めてやろうなどという傲慢な考えを抱いてしまったのだろう。
「ごめんなさい」
 早口になって花子は告げた。
「怒らせるつもりはなかったの。変なこと言ってごめんなさい。全部忘れて」
 すぐにでも居なくなりたいと思い、その場から逃げ出そうとしたが、叶わなかった。スクアーロに急に強い力で引っ張られたのだ。抱きしめられているのだと気づくのにしばらく時間がかかった。背中に回った腕がかすかに震えている。花子は息を呑み、おそるおそるスクアーロを見た。
「……悪い」
 耳元でスクアーロがぼそりと呟いた。
「冷たいこと言って、いっそおまえがオレを嫌いになってくれたらと思った。馬鹿らしいよな。おまえがそういう人間じゃないってことはオレが一番よく知ってたはずなのに」
 花子の肩に手を置き、押しやるようにして身を離す。
「だが、そうでもしねぇと、下手なことを言っておまえをここに縛りつけちまいそうで——何も知らないずっと年下のガキに情けなく追いすがるような男にはなりたくねえんだぁ」
 諦めと後悔の入り混じった表情で呟く。花子は何も言えず、ただじっとスクアーロを見つめた。また元の優しい表情を浮かべて、スクアーロは花子に囁いた。
「……感謝している。姿かたちは違っても、死んじまった人間にもう一度会うことができた。それだけで充分だぁ」
「スクアーロ——」
 何かしなければならないような気がして、花子はスクアーロにとりすがった。スクアーロはそっとそれを押しとどめると、唇の端に強気な笑みをのぞかせた。
「かならず白蘭とミルフィオーレファミリーを倒し、おまえたちガキどもを元いた時代に帰してやる。……だから、帰ったら、元の時代にいるオレに声をかけてやってくれよ。たとえ今はもう叶わなくても、他のどこかの未来でおまえがオレと一緒にいてくれるんなら、嬉しいって思うぜぇ」
 花子はその場に立ちつくしたまま彼の声を聞いた。
 もはやこの世に存在しないはずの十年後の自分が、その言葉に応え、胸の内側で微笑んだ気がした。いつのまにか花子の目は涙でいっぱいになっていた。なぜこれほどまでに苦しく悲しい気持ちになるのか、自分でも分からなかった。本当に苦しいのは、声をあげて泣きたいのは、スクアーロのほうだろうに。
「……泣かせちまったなぁ」
 スクアーロはそっと花子の目元をぬぐった。泣くことを咎めるわけでも、なぐさめるわけでもない、温かく見守るような優しい声だった。
「おまえは昔っからそうだったな。よく笑い、よく泣く。ただのうるさいガキだと思ってたのに、あの沢田綱吉にうまく丸めこまれて、気がついた時には好きになっちまってた。十年もしないうちに別れることになると分かっていたら、オレももっと早くに素直になれただろうに」
 その声が優しければ優しいほど、熱いものがこみあげてきて胸の奥を焼いた。花子は泣きたいのをこらえながらスクアーロを見上げた。
「この時代のわたしのこと、本当に好きだった……?」
「ああ」
 スクアーロは頷いた。
「好きだぞぉ。今でもなぁ」
 そう言って、彼は花子から離れた。
「……白蘭との戦いが終わったら、また話せるかな」
 目をこすりながら聞いた花子に、にっと笑みを返す。
「そのためにも今は山本の修行を終わらせないとなぁ。ずっと待たせておくわけにもいかねえ、そろそろ戻るぞぉ」
「うん……」
 花子は去っていくスクアーロの背をじっと見つめた。
 抱きしめてきた腕の大きさと温もりを思い出して、今更のように顔が赤くなる。少なからず心動かされている自分がいることに気づいて、花子はぶんぶんと首を振った。あんなふうに男の人に抱きしめられたのは初めてだった。
 時間ではほんの一分にも満たなかっただろう。あのほんのわずかな抱擁の間、スクアーロは確かに花子の存在を求めていた。可哀想、という言葉を花子はあまり好きではなかったが、あの時のスクアーロの表情は、そう思わせるほどに悲しげだった。
(彼は、わたしをここに縛りつけたくないと言っていた。年下の子どもに追いすがるような男にはなりたくないと。だけど……)
 もし彼にここにいてくれと懇願されたら、頷いてしまうかもしれない。自分に何かできることがあるなら、それであの人の表情が少しでも和らぐならそうしたい。
 だが、スクアーロは花子を通してこの時代の花子を見ているだけで、ここにいる花子のことを見ているわけではない。彼が見ているのは、会いたいと願っているのは、とうに死んでしまった十年後の花子なのだ。
(同一人物であっても、同じ存在ではない。わたしじゃだめなんだ)
 そう思うと胸の奥がずきりと痛んだ。
 自分は決して彼の恋人にはなれない。たとえスクアーロがそれを望んで、自分がこの時代に残ったとしても、スクアーロの心が本当の意味で満たされることはもうないのだ。
(十年後のわたしは、スクアーロのことをどう思っていたのだろう。どんなふうに彼と過ごして、どんなことを考えながら死んでいったのだろう……)

   ◇

 その後、マーレリングを持つものたちは倒され、ユニとγの命を犠牲に、トゥリニセッテの一角を担うおしゃぶりを持つアルコバレーノが復活した。
 彼らが言うには、白蘭が倒されたことにより、白蘭がマーレリングによって引き起こした出来事は時空を超えてすべて抹消されるのだという。
 つまり、ミルフィオーレに殺された人びとも、死んだこと自体がなかったことになる。
 どのような形でそれらが実現するのかは誰も預かり知らぬところではあったが、トゥリニセッテ——奇跡、あるいは「何者かの意志」とでも呼ぶべきものにより、人間の想像をはるかに超えた形で世界の修正がなされるのだろう、というのがアルコバレーノたちの予想だった。

「あの赤ん坊たち——アルコバレーノが言っていたことって本当なの?」
 タイムワープで過去に帰る当日、花子は別れの挨拶をするためにスクアーロを訪ねていた。
「たぶんな」
 短く言って、スクアーロは長い髪をかきあげた。
 スクアーロは真六弔花との戦いで負傷したが、もともとの体力が常人離れしているのと、晴の炎による初期治療が功を奏し、ものの数日であっさりと立ちあがって普段どおりに活動できるようになっていた。顔の傷は自然治癒にまかせているのか右頬に大きな医療パッドを貼りつけている。
 スクアーロ以外のヴァリアーは一足先に並盛の地下アジトから別の場所に移ったようだ。ほとんどのメンバーはとりたてて別れを惜しむ様子もなく、ボスであるザンザスにいたっては、一応の共闘をしたツナに挨拶どころか顔を見せることすらせず出ていったという。
 花子はというと、いろいろな後始末に追われて、今の今までろくにスクアーロと話すこともできなかった。タイムワープ決行までさほど時間もない。
「でも、もし本当にアルコバレーノたちの言うとおりになるなら、この時代のわたしが帰ってくるってことだよね!」
「そうだな……そうなるなぁ」
 まだ信じ切れていないのか、若干歯切れの悪い返事をするスクアーロ。
「どんなふうに帰ってくるのかちっとも予想がつかねぇ。時空のゆがみの帳尻を合わせるために、変なことが起きなきゃいいが」
「なんにしたって帰ってくるんだからいいじゃない。よかったね、スクアーロ」
 花子はスクアーロにそっと微笑みかけた。
「わたしは自分の時代に帰らないといけないけれど、元気でいてね。十年後のわたしによろしく」
「ああ」
 スクアーロも目を細めた。
「おまえも元気でやれよ。おまえの時代のオレに会ったら、よろしく頼むぜぇ」
「うん! それじゃあね」
「ゔお゛ぉい!」
 足早に立ち去ろうとした花子の肩をスクアーロが掴んだ。
「待てよ。そのままで行くつもりかぁ」
「もう行かないと」
 背を向けたまま、花子はスクアーロの手を振り払った。
「みんなを待たせてる。いろいろ調整があるらしいから、早くしないと」
「……泣いているのに、放っておけるわけねえだろぉ」
 その優しい声に、花子はゆっくりと振り返った。スクアーロの姿がぼやけてよく見えない。いつのまにか目にいっぱいの涙が溜まっていた。
「ごめんなさい。嬉しいことのはずなのに」
 花子はとうとう泣きだして、こぼれてきた涙を必死にぬぐった。
 十年後の自分が帰ってきて、自分は十年前の世界に戻れる。スクアーロが切望していたことがようやく実現するのに、どうしてこんなにも悲しい気分になるのだろう。
(わたしはきっとこのスクアーロのことが好きなんだ)
 だけど、自分はもうこの時代には必要ない。
 ここにいるべきは十年後の自分なのであって、わたしは、ここにいちゃいけないんだ。
「花子……」
 スクアーロの手が花子の腕を掴もうとする。花子はその腕にすがりつきたい気持ちを振り払い、ばっと後ろに飛びのいた。
「好き。スクアーロが好き。この時代のスクアーロのことが好き」
 花子は笑顔になって叫んだ。
「この時代のわたしが帰ってきても——わたしのこと、忘れないでね。心の片隅でいいから、憶えていてね」
「ああ」
 今度こそ、走って立ち去っていった花子の背中を見つめて、そっとスクアーロは囁いた。
「——憶えているぞぉ」

   ◇

 それから——
 デイモン・スペードとの戦いを終え、沢田綱吉と古里炎真のあいだに友情が芽生えた後の平穏な一時。
 その平穏を打ち破るように、彼は突然、並盛に現れた。

「……ゔお゛ぉい。無視する気かぁ」
 最初に気がついたのは沢田綱吉だった。
 見間違えるはずもない。敵意たっぷりの青灰色の眼をぎらつかせ、腰近くまである白い髪をなびかせている人間など、ツナの知る限りひとりしかいない。
「どうされましたか、十代目」
 急に真っ青になって冷や汗をかきだしたツナを心配し、獄寺が声をかける。彼もまたツナの視線の先にいる存在に気づき「げっ」とうわずった声をあげた。
「あいつ、なんで並盛にいるんだ」
「久しぶりだな、スクアーロ!」
 二人とはうってかわって嬉しそうに近づいていくのは山本だ。スクアーロはじろりと山本を睨みつけると、そのずっと後ろのほうで地面にしゃがみこんでいる人物を指さした。
「今日はおまえに用があるんじゃねぇ。用があるのはそいつだぁ」
「え?」
 野良猫を撫でる手をはたと止め、花子は炎真といっしょになって振り返った。そして叫んだ。
「ス……スクアーロ!」
 猫がびくっとして路地裏に逃げていく。指輪争奪戦が終わってから初めてとなる、この時代のスペルビ・スクアーロとの再会だった。別れた時には鮫に食いちぎられた身体を包帯でぐるぐる巻きにされていたスクアーロだったが、今はもう見るからにぴんぴんしていて元気そうだ。
「あの人って……継承式で見た……」
 きょとんとする炎真をよそにスクアーロはズカズカ近づいてくると、花子の首根っこをむんずとひっつかんだ。
「ゔお゛ぉい、ちょっとこのガキ借りてくぞぉ」
「え? うん——あの、借りてくって——」
「ちょっと待って、花子をどこに連れていくんだよ!?」
 スクアーロの剣幕に圧されて引き気味の炎真と、一応止めてはみるものの追いかけるまでの勇気が出てこないツナ。獄寺は関わりたくないという表情で眺め、山本にいたってはニコニコと手まで振って見送っている。花子はずるずると路地裏に引きずりこまれながらスクアーロの腕を叩いた。
「何の用? どこに連れていく気?」
「少し話をしたいだけだぁ」
「わ、わたし、このあと友達と待ち合わせてるから。手短にして」
「友達?」
「京子ちゃんたちとテスト勉強するから。早く帰らないといけないの」
 嘘で切り抜けようとこころみるが、恐怖のあまり声が尻すぼみになってしまう。この時代のスクアーロはやはり怖い。十年後のスクアーロと違って、こちらに対する気遣いというものがまるでないし、表情も態度も全てにおいてとげとげしいのだ。
「んなもん後にしろぉ。大体、早く帰らないといけない人間が路上にしゃがみこんで猫なんか撫でるか。嘘をつくならもうちっとまともな嘘にするんだなぁ」
「な、な……」
 言い返そうとして何も思いつかず、口をぱくぱくさせるだけの花子をスクアーロは壁際に追いつめた。
「それより、オレがなんでわざわざイタリアから来たと思っている。オレとおまえには……話さなきゃなんねえ大事なことがあるだろうが」
「……大事なこと?」
「誤魔化すなぁ! おまえも分かってるはずだぁ!」
 首をかしげる花子をスクアーロが真上から睨みつける。花子は恐怖と驚きでばくばく鳴っている胸のあたりを押さえながら、そうっとスクアーロの顔を見上げた。なんだか複雑な表情をしている。
「ごめんなさい。誤魔化すも何も貴方が何を言いたいのかさっぱり分からない」
 花子がそう言うとスクアーロはちょっと驚いた様子だった。視線を宙にさまよわせ、いつも大きい声をめずらしく小さくさせてぼそぼそと呟く。
「……その……アレだぁ。未来の……おまえが……」
「あ、ミルフィオーレファミリーに殺されてた? リボーンから聞いたの?」
「違ぇ! いや、違わなくはないが——それより——」
 そこまで言って、スクアーロが急に口ごもってうつむく。
「……スクアーロ?」
 さっきまでの勢いはどこへやら、スクアーロは目を合わせようともしない。
「どうしたの? なんで黙るの?」
「オレと——」
 意を決した表情でスクアーロが呟く。
「オレとおまえは——恋人同士だったんだろぉ」
「……なんで知ってるの」
「未来のユニとアルコバレーノが、おまえたちをこの時代へ送るついでに、十年後の記憶をオレに持ってきやがったんだぁ! まさか知らなかったとは言わせねえぞぉ!」
「何それ? アルコバレーノが教えた?」
 花子は混乱して、未来から帰ってきた時のことを思い返した。ツナとリボーンがそんな話をしていたような気もするが、しばらくのあいだ花子は別れの辛さにうちのめされて落ちこむ日々が続き、まともに話を聞ける状態ではなかった。
 そのうちシモンファミリーの面々が並盛中学に転校してきて、花子がようやく立ち直った頃には、知らぬ間に起きていたボンゴレとシモンの争いがすべて解決し、両者がすっかり打ち解けていたのである。
「何も聞いてない。知らない。だ、大体、それはそうとして、それをわざわざ伝えるためにイタリアから日本まで来たの? なんで?」
「なんで、だとぉ? ——忘れるな、憶えておけ、とオレに言ったのはおまえだろうがぁ!」
 そんな記憶まで受け渡されているのか、と仰天して声も出せない花子に、スクアーロは顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「今日は白黒はっきりさせるために日本まで来てやったんだぁ! ありがたく思え」
「スクアーロ——」
 いきなりずいと顔を近づけられ、花子は息を呑んだ。
 妙に距離が近い。端正といえなくもない顔立ちが、ともすれば息がかかりそうなくらいそばにある。
(キス、される——?)
 花子が思わずぎゅっと目を閉じた瞬間、伸びてきた右手が容赦無く花子の頬をつねった。
「痛い!」
 花子は目を開け、きっとスクアーロを睨みつけた。
「いきなり何するの。てっきりキスされるのかと思ったのに」
「誰がンなことするかぁ! ひとまわり下のガキ相手に! オレはおまえのようなちんちくりんのクソガキは好きにならねぇ!」
 強気なことを言うわりにはいまだに顔が赤いスクアーロ。声も少しうわずっている。
「あらためて確認して分かった。おまえじゃこのオレには釣り合わねぇ! 《剣帝》の称号を継ぎ、二代目剣帝を名乗ることになるこのオレにはなぁ! だが、おまえが望むんだったらたまには日本に会いにきてやってもいいぞぉ!」
「う、上から目線すぎる……!」
「うるせぇ! よりにもよってなんで沢田のところのガキなんだって他の幹部どもに散々からかわれてんだぞ! ザンザスには白い目で見られるし、殴られるし、踏んだり蹴ったりだぁ! オレが会いたくて会いにいってるなんて勘違いされたらこっちが困る! おまえ、オレのことが好きなんだったらおまえからもっとそういう態度を見せろ!」
 自分勝手なことをまくしたてるスクアーロにさすがの花子も我慢ができなくなってきた。
 物陰からこっそりとツナ、獄寺、山本、そして炎真までもが覗き見ていることに気づかないまま、スクアーロの両肩を突き飛ばし、スクアーロに負けないくらいの大声で怒鳴る。
「さっきから言いたい放題言ってくれてるけど、なんでそんなに自信たっぷりなの! わたしが好きになったのは未来のスクアーロであって、貴方じゃないから!」
「はあ!? 未来だろうが何だろうが、オレはオレだろぉ」
「ち・が・い・ま・す! 貴方のことはまだなーんとも思ってません! 好きどころか、どちらかというと嫌いなくらい。あの指輪争奪戦でさんざん怖い目に遭わされたこと、まだ忘れてないから!」
「この野郎っ……! なんで未来のオレはこんなガキを好きになっちまったんだぁ! 同じオレなのにまったく見る目がねぇ!」
「十年後のスクアーロは貴方よりずっとずっとかっこよくて素敵な人でしたー! 見る目がないのは貴方のほうじゃないんですか!」

 ……覗き見していた沢田と獄寺は顔を見合わせ、ため息をついた。
「リボーンが言ってたけど、本当にアレが十年後には恋人同士になるのかな?」
「オレたちが見てきた未来とまったく同じ未来になるとは限らないんで……どうでしょうね……」
「そうか? 仲良くなれそーじゃん」
 あっけらかんとした声で笑う山本。
「あの二人は、付き合ってるの?」
 ぽつりと炎真が言った。その足元にはいつのまにか戻ってきた猫がぴたりと寄り添い尻尾を巻きつけている。
「いーや。でもそうなるかもしれないって話」
 山本はにかっと笑って、いまだ言い争いを続けているスクアーロと花子を眺めた。
「オレはスクアーロと花子が付き合ったら嬉しいって思うけどな!」
「絶対うるさくなるだけだろ……」
 呆れ顔で呟く獄寺。ツナは乾いた笑いをもらしつつ、もう一度スクアーロたちのほうに向き直った。
 自分たちが見てきた未来と、これから先に続く未来は、きっと全く違ったものになるだろう。十年後のスクアーロと花子が恋人同士だったからといって、この先もそうなるとは限らない。十年後の白蘭の野望が断たれた時点で、この世界には全く別の新しい可能性が開かれたのだ。
(だけど——)
 花子はきっとスクアーロを好きになるだろうし、スクアーロも花子を好きになるだろう。そうツナは思った。そしてスクアーロは何があっても花子を守り通そうとするだろう。未来を生きた自分自身の記憶を受けとったスクアーロは、大切な人を失う苦しみを嫌というほど分かっているはずだから。
「ゔお゛ぉい! 沢田ぁ! こっちへ来てこのガキを説得しろぉ!」
「呼ばれてますよ、十代目。どうしますか」
「ええ~オレかよ……」
 ぼやくツナの口元は、気怠げな口ぶりとは裏腹に笑っている。
「行けばいいんだろ、行けば」

 ——共に戦った十年後のスクアーロと十年後の花子。
 もう二度と交わることのない未来で、二人が寄り添いあう姿を思い描く。
 未来の彼らの歩む道を想像しながら、ツナは、この時代のスクアーロと花子はどんな未来に辿りつくだろうと思った。

        おわり

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