ベルフェゴール(揺りかごから二年後の想定なので十歳くらい)が好きな女の人(年上)とスクアーロの関係に気付いてモヤモヤする話です。
ヒロインはスクアーロとくっついているので、ベル夢だけどもベルは失恋しています。悲しい場面や暗い感じはなく明るい雰囲気で終わります。
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秘密
「あれ?」
すれ違いざま、声をあげたのはベルフェゴールの方だった。
「え?」
ハナコが振り返って、自分よりも背の低い少年にあわせてその場にかがみこむ。
「どうかした、ベル?」
「ううん——」
ベルフェゴールは、彼女の髪からのぞく耳元にきらりと光るものが見えた気がして目をこらした。もしかすると見間違いかもしれないと、なんでもないと言おうとした時、強い風が吹いて、普段は髪で隠れている彼女の耳元があらわになった。
「やっぱり」
ベルフェゴールは宝物を見つけたようにはしゃいだ。
「ハナコ、ピアスつけてるじゃん。いつのまに。宝石とかきらきらするものにも全然興味なさそうだったのに」
「ああ、これ?」
ハナコは髪をかきあげて、小さな粒のようなピアスがベルフェゴールにもよく見えるようにした。ともすれば誰も気づかないほど小さな光が、風のきまぐれによってあらわれたりまた隠れたりする。
「どうかな。似合っていると嬉しいのだけど」
「よく似合ってる。ぴったりだと思う」
「ありがとう」
ハナコが笑い、つられてベルフェゴールもにっこりした。何かと自分を気にかけてくれる彼女が笑うのを見ると、どうしてかこちらまで嬉しくなる。
「意外だった?」
ピアスなどさして珍しいものではないが、こう問いかけてくるということは、彼女は彼女で自分は本来こんなことをする人間ではないと自覚しているのだろう。
「どうだろう、予想外だったっていうか……。とにかく、よく似合ってるよ。貴重な石や宝石をたくさんちりばめたものより、そういうのがハナコには合うと思う。センスいいね。髪で隠れてるのがもったいないくらい。髪型変えてさ、もっとよく見えるようにしたほうがいいんじゃない?」
「そう表立って見せるものでもないかと思って」
ハナコはちょっと気恥ずかしそうに微笑んだ。風がまた彼女の髪を巻きあげ、耳元がちかちかと光る。
「ベルは、午後はマーモンとお勉強? 夕方の招集、忘れないでね。スクアーロが今度の作戦での役割決めをしたいそうだから」
「ちゃんと覚えてるよ。王子を子ども扱いするなっての」
「そう?」
くすくす笑う彼女に、ベルフェゴールはなんだか恥ずかしくなって彼女を立ちあがらせた。
「ほら、仕事あるんだろ。行ってこいって」
「分かりました。それじゃあ、王子様」
ハナコはもう一度笑いかけると、屋敷のほうに向かって歩きだした。ベルフェゴールは去っていく彼女の後ろ姿を目で追いかけながら、さっき、耳元に光っていたピアスの形をぼんやり思い返した。
(驚いたな。あのハナコでも、ピアスなんてつけるんだ。そういうことはしないタイプだと思ってたのに)
普段の彼女はまじめで、つつしみぶかく、規則や決まりごとがあればきちんと守る。ここヴァリアーにおいては珍しい部類の人間といってよい。いかにもオッタビオの気に入りそうな性格だ。
そのまじめな性格のせいかスペルビ・スクアーロとは馬が合わないようで、当初、両者の間にはぴりぴりした険悪な空気が漂っていた。最も、その大半はむやみやたらに叫んで喧嘩をふっかけるスクアーロの素行不良に原因があったのだが。
ただ、ここ二年ほどで両者の関係は改善している。二年前のクーデターの後、不在のザンザスに代わってスクアーロがこの血気盛んな暗殺集団を束ねる実質的なリーダーになった時、ハナコが彼の直属の部下になったのだ。
あれだけ仲が悪かったのにいったいどういう風の吹き回しなのか、といぶかしむベルフェゴールに、いつの日かザンザスが戻ってくるその時までヴァリアーを存続させ続ける——その共通の目的を達成するために二人は協力することを選んだのだとルッスーリアが教えてくれた。ザンザスを失い、荒れたスクアーロを支えたのが彼女、ハナコだったというわけだ。それで、さしものスクアーロも彼女に辛辣な態度をとり続けるわけにいかなくなったのだという。
(スクアーロにも教えてあげようっと。先パイ、いまだにハナコをからかうためにネタ探ししてるところあるからな。まじめなハナコがいつのまにかピアスつけてたなんて知ったらきっと驚くぞ)
ベルフェゴールが彼女の後ろ姿にじっと見入っていたその時、ふと誰かがハナコのそばにやってきた。
(……あれ?)
ベルフェゴールは一瞬、その場に固まった。
スペルビ・スクアーロその人が彼女に声をかけていたからだ。
(ピアスに気付くかな? ししっ、スクアーロのびっくりした顔を観察できるかも)
音をたてないように近づいていき、近くの茂みの裏からこっそりと様子をうかがう。スクアーロは何やら一言二言告げるとハナコをじいっと見下ろしている。だが、ベルフェゴールの期待とは裏腹に、スクアーロは驚く様子を見せなかった。それどころか、さも知っているといわんばかりに、ハナコに手をのばし、髪をまさぐってその隠された耳元に触れたのだ。
あんぐりしているベルフェゴールをよそに、スクアーロは彼女のピアスがつけられている耳を指先で撫でている。いとおしいものを見るような目つきで——相手を刺すようないつものとげとげしい視線は見るかげもない。対するハナコもまたベルフェゴールには見せたこともない表情でスクアーロを見上げ、頬を染めて、甘えるようなしぐさを見せている。
(——そっか。スクアーロはとっくに知ってたんだ)
ベルフェゴールは足音をたてぬよう、そうっとその場を離れた。
彼らの行為に特別な意味があることは、まだ十を過ぎたばかりであるベルフェゴールにも察しがついた。あれはいつものようにふざけて割って入っていっていいようなものではないのだということが、誰に教えられるでもなく分かった。
(もしかすると、あのピアス、スクアーロがハナコにあげたのかもな。ハナコにはああいうのが似合うってスクアーロには分かってたんだ)
そう考えると、にわかに胸の奥がざわついた。
怒りたいような、泣きだしてしまいたいような、なんでもいいから何かをめちゃくちゃにしたい衝動がおそいかかってくる。手近にあった石ころを蹴飛ばして、ベルフェゴールはどっと息をついた。
自分しか知らないと思いこんでいたものがとっくに知られてしまっていたことにも、二人が自分のあずかり知らぬところで特別な関係を築いていたことにも腹が立つ。二人が急に自分の手の届かない遠くへ行ってしまったみたいだ。
どうして教えてくれなかったんだろう。自分は彼らに比べるとまだずっと子どもだから、そんなことを言う必要もないと思われているのだろうか。
「なんか……むかつく」
胸のざわつきを追い出すようにそうひとりごちた時、山のように本を抱えたレヴィ・ア・タンがたまたま通りすがった。ベルフェゴールは足早に彼に近づいていき、後ろから彼の足元にちょっかいをかけた。
「貴様、何をする」
レヴィはとっさに叫びそうになったが、足元でベルフェゴールがなにやら気難しい表情をしているのに気づき、叫ぶのをぐっとこらえてそろそろとしゃがみこんだ。
「何か用か、ベル」
「別に」
「用もないのにこのオレを蹴ったというのか。オレは貴様に構っている暇などない。いずれザンザス様がお戻りになる時に備えて、いろいろと準備をせねばならんのだ」
「準備って?」
「まずは勉強だ」
レヴィは自信ありげににやっとした。
「ヴァリアーは暗殺や襲撃の技術には長けているが、本部のくそどもを出し抜くためには、それ以外の知識を学ぶことも重要だとオレは痛感したのだ。あのいまいましいジジイどもの手管に二度と騙されぬためにもだ! ああ、いま思い出しても腹が立つ。今に見ていろ、どちらがボンゴレの守護者にふさわしいか、目に物を見せてくれる」
「ふうん。それで本読んで勉強ってわけかよ。なんかレヴィらしいな」
「なんだと。貴様、馬鹿にしているのか」
むっとして顔を赤くするレヴィから目をそらして、ベルフェゴールは彼の抱えた本を一冊手にとってぱらぱらとめくってみた。
「こんなの読んで本当に意味あるのかよ」
「あるとも。生まれ持っての天才である貴様には分からんことだろうが、今よりもっとよくあろうとするなら大なり小なり努力が必要なのだ。オレは今以上に優秀になって、信頼するに足る人間であるとボスに証明する。決して裏切りなどせぬと、そう信頼していただくためには、それ相応の能力でもって証明せねばならんのだ」
レヴィはベルフェゴールの手から本を取り返すと、
「いずれはオレのために働く特別な部隊も作るつもりだ。ボスに部下が必要であるように、幹部にも部下が必要だろう。決して裏切らない、優秀な手足が」
「ふーん。なんていう部隊?」
「そうだな……名前をどうするかはまだ考えていなかったが……このオレの技にちなんで、レヴィ雷撃隊というのはどうだ」
「単純だな」
ベルフェゴールは笑った。
「でも、悪くはない。——ねえ、その部隊を作るの、オレにも手伝わせてよ。スクアーロにはもう言った?」
「ろくに分かってもいないくせに何をどう手伝うつもりだ。どうせそのへんをうろちょろしているだけだろう。スクアーロにはまだ言っていない、構想の段階では馬鹿にされるに決まっているからな!」
「だったらさ、オレたちだけの秘密ってことでどう? 王子の天才的な戦いのセンスで、どいつが隊員にぴったりか選んでやるよ。うまくいったらスクアーロを見返すことだってできるかもしれないぜ」
「ふん。なら、まずは運ぶのを手伝え」
しゃがみこんだレヴィから数冊を分けてもらう。ベルフェゴールはいつのまにかどんよりした気持ちが晴れて、わくわくしている自分に気がついた。
「何してるんだぁ、おまえら」
向こうからスクアーロが物珍しそうな表情で寄ってきた。隣にはハナコもいる。どうやらレヴィ・ア・タンが普段は邪険にしているベルフェゴールと何やら親し気に話しこんでいるので気になったらしい。
「おまえら二人が揃って一緒にいるってのも珍しい。そんな沢山の本を持ってどうするつもりだぁ」
レヴィは答えるつもりもないのかむっすりと黙りこんでいる。ベルフェゴールはちらっとハナコに視線をやり、その耳元にかすかに光る輝きがあるのを見た。
気がついたハナコがにこりとする。ベルフェゴールは微笑み、スクアーロに向かってべっと舌を突き出した。
「秘密」
「なっ——」
「オレらにだって秘密のひとつやふたつあるし。二人だってオレに隠していることくらいあるだろ? だからスクアーロにもハナコにも教えてあげないよ。なあ、レヴィ」
「うむ。そうだとも」
頷くレヴィ。
スクアーロがみるみる憤怒の形相に変わった。
「なんだ、その態度は! このオレに言えないようなことがあるってのかぁ? 言わないなら無理やりにでも吐かすぞぉ!」
「スクアーロ、そんなに怒らなくても……」
「ほらほら、すぐむきになるような男はハナコも嫌いだってさ。そんなんじゃまたすぐに嫌われるぜ。王子的にはそっちのほうが都合いいけどなっ」
「どうやら死にたいようだなぁ、ベル!」
とうとう烈火のごとく荒れ狂い、剣を持ち出したスクアーロ。
おろおろするハナコを見ると心が痛まないではなかったが、少しくらい困らせたってきっとばちはあたらないだろう。
二人にもオレには内緒にしていることがあったんだから、その意趣返しってことで。好きな女の子にちょっと意地悪するくらい許してよ、ハナコ。
「ハナコ! はなせ! 一度でいいからこいつらを斬らなきゃ気が済まねえ! 正面からぶった斬ってやる!」
「ちょっと~、何してるのよあんたたち。朝から騒々しいわよ」
「部屋の中にまで馬鹿でかい声が聞こえてきているよ。どうせベルがまた何かやったんだろう? これだからガキんちょは嫌いなんだ」
「王子なーんもしてないし。スクアーロが勝手に怒ってるだけ。自分もガキのくせしてその言い方はやめろよ、マーモン」
「もう、喧嘩しないの。レヴィ、貴方は貴方でスクアーロを止めるのをハナコだけに任せてどういうつもりよ。ニヤニヤするより他にやることがあるでしょう」
「オレはスクアーロが侮辱されて怒り狂っているのを見るのが結構好きなのだ」
「んもう! 趣味悪いんだから! こうなったら実力行使で止めるほかないわねえ……」
スクアーロの怒号がヴァリアーの敷地いっぱいに響く。
喧噪は、彼らの騒ぎを聞きつけたオッタビオがやってくるまで続くのだった。
おわり
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