恋のアラームが鳴る(ガナッシュ・III夢)

年末年始後の休日を一緒に過ごすため恋人であるガナッシュの帰りを待つ話(短編)
おヒゲぐりぐり押しつけるガナッシュが見たいという妄想から生まれました!
タイトルは「お題.com」様からお借りしました。


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       恋のアラームが鳴る

 クリスマスに年越し、イタリアの十二月のきらびやかな空気もとっくに過ぎ去った金曜の夜。
 ハナコは一緒に居られなかった年末の埋め合わせをしたいと恋人にせがまれて、彼と二人きりの休日を過ごそうとしていた。

『――で? その愛しの恋人は、仕事にかまけてまだ帰ってこないの?』
「そうみたい」
 ハナコは笑いながらカーテンを開けた。電話を片手に、白く曇った窓ガラスを手でこすって顔を寄せるようにして外を覗きこむ。
 冷えると思ったら、いつのまにか雪がちらつきはじめていたようだ。街灯の下、人びとが寒そうにコートを引き寄せながら歩いていくのがガラスの向こうに透けて見える。
 通りを歩く人びとの中に背の高い恋人の姿が見えないものかと、ハナコはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「さっき連絡があったからもうすぐ帰ってくると思う。ちょっと暖房強くしておこうかな」
『でもさ、そう言っておいて結局帰ってこられなかった時があったじゃない? ハナコは待たされてばかりで寂しくならない? 仕事だなんだっていっても結局はハナコばかりが待ち続けていることに変わりはないでしょ――その――ガナッシュさん、だっけ?』
「そう。お菓子みたいで可愛い名前でしょ」
 ハナコはにやりとした。
「別に彼も仕事人間ってわけじゃないのよ。ただ、おそろしく忙しい人で、そうなるような立場にあるってだけ。寂しくないわけではないけど、大体いつもこんな感じだから慣れちゃった」
『熟年夫婦みたいなこと言わないでよ~。付き合って何年も経ってないのに。そのガナッシュさんは、ちゃんとハナコをドキドキさせてくれる相手なの? 恋人らしいことしてる?』
「んー」
 ハナコはここ数か月のことをぼんやりと思い返した。
 一緒にいた日は片手で数えられるほど。ここしばらくは特に忙しいようで、電話はもちろんメールも返事がくれば御の字といったところだ。当然、ドキドキするようなタイミングなど無いに等しい。
 実際、恋人と対面しても、ときめきや心躍るような気持ちより彼がちゃんと生きていたことへの安堵のほうがずっと大きいのだ。それには「マフィア」という恋人のちょっと特殊な仕事が関係しているのかもしれないが。
「最近は、恋人らしいことはあんまりしてないかな。ドキドキすることもほとんど無いかも。でも……どういうふうに言うべきか……ドキドキするような相手じゃないっていうのかな。なんていうか、一緒にいると安心するの」
 その時、思いのほか近くで音がしてハナコははっと顔をあげた。
 電話に夢中になるあまり玄関のドアが開いたのにも気づかなかったのだ。振り返ると、帰ってきた恋人がコートを脱いで、ネクタイを緩めているところだった。
『ハナコ?』
「ごめん。帰ってきた。電話切るね」
『わかった! 今度、ちゃんと彼のこと紹介してよね! じゃあね――』
 通話が切れるか切れないかのうちに、近づいてきたガナッシュの手がそっと電話を奪い、すぐそばのテーブルに置く。ハナコはその行動に少し驚きながらも、冷えきった恋人の身体に身をすり寄せようとした――
 途端、ガナッシュはがばりとハナコを抱えこむと、髭の生えた頬やあごをぐりぐりとハナコの顔に押しつけ始めた。
「痛い!」
「悪かったな、ドキドキするような相手じゃなくて」
「なに? さっきの電話、聞いてたの? それはそのまんまの意味じゃなくて……ごめん、ごめんってば!」
 ひりひりするような痛みに悲鳴をあげて逃れようとするハナコに、逃すまいと締めつけるガナッシュ。二人はそのままもつれるようにしてソファに倒れこんだ。一応抵抗を試みはしたものの、あっというまに組み敷かれる格好となったハナコは、ガナッシュの頬に半分笑いながら唇を押しあてた。ガナッシュがあんまりにも一生懸命に顔を押しつけてくるので、だんだんその姿が大きな犬のように見えてきたのだ。
「ドキドキしないって、嫌な意味で言ったわけじゃないよ。……一緒にいられる時間は少なくても、あなたがいると思うとほっとする。一緒にいる時も、いない時にも。家族みたいにわたしを安心させてくれる。そういう意味だったの」
「それは、オレもそうだけど」
 ガナッシュが少し拗ねたような、少年じみた表情で言う。
「……でも、オレはずっと君にドキドキしてる」
 ハナコの片手をとり、その手を自分の胸に押しつけさせる。
 ハナコはちょっと驚きはしたものの、されるがまま、手のひらを通じて伝わってくる鼓動の力強さを感じた。もっと確かめてみたくなって手を動かすと、こちらを見下ろしてくる恋人の眼が何やらもの言いたげに細められる。
「ハナコはそうはならない? オレには」
 言われて、ハナコはいつのまにか自分の心臓も彼と同じ速さで高鳴り始めていることに気が付いた。
「わたしもドキドキしてきた」
 ハナコもガナッシュの手を引っ張り、自分の胸元に押しあてた。
 恋の始まりの時のように激しく燃えあがるものではないけれど、多少のことでは動じない、熾火のような確かな温かさが、自分の胸の奥で静かに燃えている。
 二人は目をあわせて笑うと、互いの鼓動を確かめあうように、胸をくっつけて抱き合った。

        おわり

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