ガナッシュとブラバンダーとブラバンダーの弟子(部下)の話です。
テュールとブラバンダーが師弟関係だったという捏造設定。
天球映写機さまの「意味深な台詞で10のお題」からタイトルをお借りしました!
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
夜半、暗く静まりかえった屋敷の、とある一室――
とうに眠っていてもおかしくない時間にもかかわらず、その一室にはにぎやかな話し声が響いている。
もっとも、話し声とはいってもその大半はひとりの男のものだ。ときどき少し控えめそうな女の声がまじったり、別の男の低い声が間に割りこんだりする。
「――だから、そういう時はさ、ビスコンティに相談するのが正しいんだよ!」
ほかの二人を押しのける勢いで騒いでいるのは九代目の雷の守護者ガナッシュ・IIIだ。酒をたっぷり注いだグラスを片手に、向かいにいる男に何やら言い聞かせようとして立ちあがって演説じみたポーズをとっている。
「ほかの誰でもない。ビスコンティだ。ビスコンティなら間違いない。なのに、おまえがよりにもよってコヨーテなんかに聞くからオレがあんなひどい目に遭う羽目になったんだ。全部おまえのせいだぞ」
「そうか」
そっけなく返事をするのは九代目の雨の守護者であるブラバンダー・シュニッテン。うらみがましく言い募るガナッシュの声に言い返すでもなく、傷だらけの顔を酔いでほんの少しだけ赤くさせて、落ちついた様子で酒を飲んでいる。
「おい? 聞いているのか、ブラバンダー?」
「ああ、聞いているとも」
「本当に聞いているだけだろう。おまえの態度からは反省の色がちっとも見えねえ。目ぇぐらい合わせろよ。――おお、そうだ、それでいい。それで? 何かオレに言うべきことがあるんじゃないのか?」
「すまない。悪いことをしたと思っている」
「心がこもってねえ! もっと丁寧に言え!」
はたから見れば喧嘩腰であるにもかかわらず、二人の間に流れる空気がけっして険悪なものにならないのは、十数年になる付き合いで二人がお互いを熟知しているからなのだろう。
「いつもこうだ、こいつめ」
ガナッシュはぶつくさ言いながらソファに座りなおし、隣に腰掛けていたブラバンダーの弟子ハナコにこそこそとささやいた。
「な、ひどいやつだろ? ハナコの前ではよき剣の師匠、よき上司であろうとしているのかもしれないけど、オレの前じゃこんなのなんだ。本性はこっちだ、絶対」
「わたしの前でも似たようなものですよ」
ハナコは微笑み、そうなのか、と楽しそうに笑うガナッシュと、いつもの無表情とは少し違って口元をやわらかく和ませているブラバンダーを見た。
仕事中とは少し違う雰囲気の二人。ファミリーの守護者という、ボスと門外顧問に次ぐ権力を持つ立場にいる彼らも、こうしているとそこらにいる一般人となんら変わらない。
九代目守護者である二人(しかもそのうち一人は直属の上司にあたる)の酒の席に立ち入ることになったときには緊張でどうにかなりそうだったが、彼らのこんな気取らない姿を見られるのならば勇気をふりしぼって同席した甲斐があるというものだ。
(それに……)
ハナコは隣に座っているガナッシュをちらりと見た。
まさかこんなに近くで彼を見られる日が来るなんて。
酒を飲んで、いつもよりくだけた表情になってはいても、その横顔はハナコがずっと憧れて見上げてきた人のものに違いない。
ガナッシュのことは昔から知っている。明るくて面倒見がよく、ブラバンダーの弟子であるハナコにも気さくに声をかけてくれた。まだ少女と呼べる年頃で恋愛や愛の云々に疎かったハナコには、年上の、大人の男性であるガナッシュの行動ひとつひとつが妙に魅力的に見えたものだ。
そんなハナコも成人し、こうしてお酒も飲めるようになった。師であるブラバンダーがハナコを親友同士の宴席に誘ってくれたのは、弟子の恋心に気づいた師匠なりの優しさだったのかもしれない。
(師匠にはとっくにばれているんだろうな。わたしがずっとガナッシュ様を好きでいること)
ハナコの気持ちを知ってか知らずか、向かいにいるブラバンダーは相変わらず黙々と酒を飲んでいるだけだ。
ガナッシュのおしゃべりにときどき相槌を返したり、勢いづいたガナッシュを諫めたりはするものの、積極的には会話に参加しようとしない。いつもそうなのか、それともハナコがいるからそうしているのかは分からないが、少し冷めたようにも見える相棒の態度にガナッシュも不満なのか、だんだんハナコのほうに積極的に話しかけはじめた。
「なあ、ハナコは誰か好きなやつとかいないのか?」
「えっ」
まさかそんな質問をされるとはまったく予想していなかったハナコは、動揺でうわずった声をあげた。
「おっ、その反応、こりゃ誰かいるな。誰だか知りたいなあ」
「それは――」
さすがに目の前にいる張本人の名を口にすることはできず、口をもごもごさせるハナコに、ガナッシュははっと気がついたように目を見開いた。
「もしかして――ブラバンダーに聞かれたくない? あいつの耳をふさいでこようか?」
「い、いえ! 違います――違うというか――」
ハナコは熱くなってきた頬を隠すようにうつむいた。
「その――憧れている人ならいます」
「憧れ?」
きょとんとするガナッシュ。
「ヴァリアーのスペルビ・スクアーロだ」
口を開いたのはハナコではなく、向かいに座って二人を眺めていたブラバンダーだった。
「え……スクアーロ?」
見るからにげんなりした顔になるガナッシュ。「なんで?」
「あいつの剣技はオレとはまるきり違うから、ハナコが憧れるのも無理はない」
ブラバンダーはごく小さく微笑んだ。
「剣一本に己の全てを賭け、勝利のみを貪欲に求めるスクアーロの剣技は、純粋に剣の腕の強さだけを体現している。暗殺者という職業柄、相手の命を奪うことをためらわないからこそ出来る、力そのものの剣技だ。そうだろう、ハナコ?」
「は――はい」
ハナコは頷いた。
「彼にはずっと憧れてきました。ものすごく強いという噂を聞いただけで、実際に手合わせをしたり戦ったりしたことはないのですが、一度だけ目の前で彼の戦う姿を見る機会があって――とても強い人なのだと」
「ふうん」
ガナッシュはじーっとブラバンダーを睨みつけ、それからハナコに向き直った。
「……それで? ハナコはスクアーロのことが好きなのか?」
「いえ、そういうことは全く」
「そうかな。ほとんど好きも同然で、きみが気付いていないだけかもしれない」
「ただの憧れです!」
「小説やテレビドラマでよくあるだろ、最初は嫌ってたり、ただの憧れの対象だったりするのに相手の意外な一面を見てしまって恋に落ちるってやつ。なんかそういうパターンになりそうなんだよなあ。妬けちゃうなあ」
「ほ、本当に違うんです、ガナッシュ様。本当にただの憧れで――」
必死に否定するハナコをなおも疑わしげに見つめていたガナッシュだったが、ハナコが赤くなったり青くなったりするのが面白いのか、両肩を震わせて笑いはじめ、ついには爆笑してばしっとハナコの肩を叩いた。
「こりゃ本当の本当にただの憧れってやつみたいだな! 少なくとも今のところは。なんかほっとしたぜ、よかった、よかった」
げらげら笑いながらまたグラスに手を伸ばす。
「もしかしてオレも少しは期待していいのかな? どうだ、ブラバンダー? オレは剣なんて持ったことすらないけど、おまえのお眼鏡にかなう男か? なかなかいい線いってると思わないか?」
「おまえにはやらんぞ」
「冷たいな〜。ちょっとくらい夢みさせてくれたっていいじゃねえかよ。な、ハナコ、オレの知り合いでよければ紹介するぜ。みんないいやつばかりだからな」
ハナコはどぎまぎしながら頷き、緊張をまぎらわせるつもりで自身もグラスに手を伸ばした。手近にあった酒瓶の中身をなみなみと注ぎ、口をつける。喉が火のついたように熱くなるが、とにもかくにもこれで気はまぎれそうだ。
「でもよ、自慢の弟子があろうことかヴァリアーのスペルビ・スクアーロに憧れてるんだぞ。同じ剣士として悔しくないのか?」
「スクアーロの剣は、オレも好きだ。たった十四歳で剣帝テュールを倒したその実力は見事としか言いようがない。オレももう一度ちゃんと手合わせがしたい。残念ながらスクアーロ本人には拒まれているが」
「よく分かんねえなあ、剣士ってのも。自分の師匠を殺した相手によくもまあそんな穏やかな態度でいられるもんだ」
「オレだって昔は荒れた」
「そうだっけ?」
「おまえが気付いていないだけだ」
「なんだと。それはおまえが――」
そこでふと二人の声が遠ざかった気がして、ハナコはまばたいた。急にいなくなったのかと思ったが二人は相変わらずそこにいて、とりとめのない会話を楽しんでいる。
おかしいな。さっきまでこんなことなかったのに。
少し目の奥が重い。重いのに、不思議とどこかへ飛んでいきそうな心地もする。唐突に訪れた眠気にあらがうハナコだったが、目に見えない何かが必死にハナコの目を閉じさせようとする。
いやだな、まだここに居て二人の会話を聞いていたいのに。
「ハナコ?」
気づいたブラバンダーが見かねて声をかけた。
「飲みすぎだ。水も飲め。部屋へ戻るか」
「いいえ――」
ハナコはぼんやりと頭をふった。心臓が妙に高鳴っている。
「まだここに居たいです――平気ですから――」
「真っ赤になってるじゃねえか。ちょっとのあいだ横になっておけよ」
ガナッシュがソファの端に寄って、空いたスペースをぽんぽんと叩いた。
「こんな状態でひとりで部屋に帰すなんて可哀想だよ。もうしばらくここにいて休んでおくほうがいい。ほら」
ぼうっとしているハナコをなかば無理やり横たわらせる。かなり窮屈だが、座っているよりはいくぶんか身体が楽だ。
「これでいい」
「ありがとう――ございます」
ハナコはぽつりと呟いた。頭のすぐそばにガナッシュの足があるなんて、なんだか変な感じだ。お酒のせいでずっと心臓がばくばくしているので、緊張しているのかどうかよく分からない。
「よしよし、いい子だ」
ガナッシュの手がそっと頭を撫でる。ハナコは目を閉じて、おとなしくされるがままになった。
「……おまえもだいぶ酔っているだろう、ガナッシュ」
少しだけきつい声でとがめるブラバンダー。
「酔っ払い二人の世話をするほどオレは優しくないぞ」
「まだまだ平気だよ、これくらい」
ガナッシュはあっけらかんとした笑顔を見せた。とはいうものの、受け答えのしっかりさとは裏腹に目がとろんとしている。
「なんならおまえももっと酔ってくれていいんだぜ。弟子の前だから遠慮してるのかもしれないけど。ま、こんないい子の前じゃ、おまえも失態を見せたくはないよな。なんで堅物のおまえのもとでこんないい子に育ったんだろう?」
「オレの教育がよかったんだろう」
「なんだよ、そうなのか、ハナコ? ……ハナコ?」
ガナッシュが確かめるようにハナコの顔をのぞきこんだ。
「もう寝ちまったのか?」
含み笑いの声でささやいてから、ガナッシュはこらえきれないといった様子でぷっと吹きだした。
「きつめの酒をちょっと飲んだだけですっかり寝入っちまって。大人になったかと思ったが、まだまだ子どもっぽいな。飲むのは好きそうだし、これから飲み慣れていくのかな」
――実のところ、ハナコは目を閉じて、頭に置かれたガナッシュの手の温かさをぼんやりと感じていただけなのだが、完全に熟睡したと思いこんだガナッシュは自分の上着を脱いで、ハナコの上にそっとかぶせ掛けた。
「いい子だなあ、よしよし」
何も知らないガナッシュが上着の上からハナコの肩をぽんぽんと叩く。
「ブラバンダー、おまえももっと自分の弟子のこと大事にしろよ。こんないい子、今時めずらしいくらいだ。女性で剣士ってのもそんなに数は多くないから、ほうっておいたらそのうち本当にヴァリアーに引き抜かれちまうかもしれないぞ」
「分かってる」
「本当に分かってんのか? オレは嫌だぞ、数年したらハナコがヴァリアーの所属になって、また数年したらスクアーロとの結婚式の招待状がいきなり手元に届くなんてのは」
想像したのか、またげんなりした顔になったガナッシュは、手元にあったグラスの中身を一気に飲み干した。
それからふーっと息をついて、とろんとした目つきでハナコを見る。
「いい子だなあ、ハナコ。スクアーロにはもったいねえよ。もったいねえ。誰か別の男といっしょになるべきだ。たとえば――綱吉様のところで誰かいいやつが――あのサムライ小僧なんてどうだ。まっすぐな性格で、年上のハナコともうまくいきそうな気がする」
「……ガナッシュ。酔って」
「酔ってねえ、酔ってねえ。ただちょっとばかし感傷的になってるだけだ。年下は好みじゃないかな? もっと年齢が近いやつがいいってんなら跳ね馬とかだろうなあ。ザンザス坊ちゃんはまだまだ結婚する気なさそうだし」
ぶつぶつ言いながらハナコの頭を撫で、ふいに思いつめたような表情になった。
「……はあ」
気弱そうな、泣きだしそうな声で呟く。
「他のやつにとられちまうのは嫌だな。なんで別の男を紹介するような真似をしなくちゃなんねえんだよ。オレのほうがずっと昔から見てたってのに――ちくしょう――いっそオレのになっちゃえばいいのに――」
そこまで言ったところでふいに言葉をとめ、がばりと立ちあがった。
「ガナッシュ?」
「顔を洗ってくる。やっぱり酔ってるみたいだ」
洗面台のほうへ向かってふらふらと歩きだす。ばたんと扉が閉まる音がしたのを確かめて、ブラバンダーはゆっくりと前に向き直った。
「……ハナコ。起きているんだろう?」
低く呼びかける。「足が動くのが見えたぞ」
それでも、なおも寝入ったふりを続けようとしていたハナコは、師の無言のプレッシャーに耐えきれずにもぞもぞと身体を起こした。
「あの、わたしが起きていることは、どうか内密に」
そう言うので精一杯だった。
「き、きっと、ガナッシュ様は、酔った勢いであんなことを口走ったのだと思います。あんなに素敵な人が、わたしのことなんて。酔ってるだけ、きっと」
「オレはそうは思わないが」
ブラバンダーが小さく呟く。
「酔った勢いというのもあるにはあるだろうが、単に本音が出ただけだろう」
「本音――」
「オレはこういうことに疎いので、正確なことは何も言えないが、ガナッシュがおまえのことを好いているのはなんとなく分かる。だからおまえをこの場に呼んだ。あいつの長年の気持ちを無下にしないでやってほしい――そう思うのはオレの我儘かもしれないが」
「……師匠は、わたしに気をつかってわたしをこの場に呼んでくれたのではなかったのですか?」
「おまえに?」
ブラバンダーが目を見開いてじっと弟子の顔を見る。
「いや、オレはガナッシュの助けになろうと……おまえはスクアーロが好きなんだろう?」
「憧れているという話はしましたが、好きだなんて一度も。だってわたしが好きなのはガナッシュ様――」
ブラバンダーははっとしたように目を見開き、ハナコもそこで自分が思い違いをしていることに気がついた。
師は、ブラバンダー・シュニッテンは、ハナコの気持ちに気付いていたわけではない。親友の秘めた恋心を手助けしてやろうとしてハナコをここに呼んだだけなのだ。
頭が急激に冴えていくのを感じた。あんなにもぼうっとしていたはずなのに、酔いはどこへやら、何もかもがはっきりとして見える。ブラバンダーの困惑したような表情も。
「……そうか」
ブラバンダーは片手で口元を覆った。
「すまなかったな。オレがいなくなったほうが話が早そうだ」
「ま、待って! いなくならないでください!」
さっさと立ちあがって部屋から出ていこうとするブラバンダーの背中に、ハナコはソファから飛びおりて必死にすがりついた。
「ふたりきりでは緊張してまともに話すことすらできません。それにこの状況で――師匠が消えて、わたしだけが残っていたら、いろいろとおかしいじゃありませんか」
「ブラバンダーは急に体調が悪くなったから部屋に戻った、とでも言っておけ。あいつのことだからそれで納得するだろう」
キュッと水道の栓を閉める音がした。
ハナコはぎょっとして振り返り、ガナッシュのいるはずの扉と、めずらしく意地の悪そうな笑みをうかべているブラバンダーを交互に見た。
「腹を括れ、ハナコ。それともソファに戻って寝たフリを続けるか?」
その言葉だけを残して、ブラバンダーは本当に部屋を出ていってしまった。
何も知らないガナッシュののんきそうな鼻歌と足音が聞こえる。
師の去った扉の前に立ちつくしたまま、ハナコは、今までにないくらい高鳴り始めた胸に手をあてて、あと数十秒で開くであろう扉をじっと見つめた。
おわり
No responses yet