九代目の晴の守護者ニー・ブラウJr夢『Il sole anche di notte』の続きの小話。
ボンゴレファミリーで「野生児」扱いされているワイルドな感じの女性がニーのため頑張って(ザンザスが命じてルッスーリアに作らせた)ドレスを着ようとする話です。
天球映写機さまの「意味深な台詞で10のお題」からタイトルをお借りしました!
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「ブラウ殿! 少しだけここで待っていて。今からドレスを着てみせるから、似合っているかどうか教えてほしいんだ!」
……そう言って、ハナコが「ヴァリアーでいちばんお裁縫が上手なやつ」に別室に連れこまれてからもう一時間近く経過している。
時折、扉の向こうから甲高い笑い声やはしゃぐ声、痛い痛いと訴える声が聞こえてくるが、二人はいっこうに姿を現さない。最初は興味津々で一緒になって待っていたガナッシュたちも、さすがに待ちくたびれ、ソファに座ったままうとうとし始めるようになっていた。
「ドレスのひとつふたつ着せるのにそんな時間がかかるものなのかねえ」
ガナッシュがあくびを噛み殺しながら言う。
「女は支度に時間がかかるというけど、この様子だと日が暮れちまうかもな」
「思いのほかルッスーリアも苦戦しているのかもしれんぞ」
クロッカンが目を細めてにやりとした。
「なにせ相手はあの『野生児』。ドレスをまともに着るのは初めてだとハナコは言っていたのだろう?」
「ああ。ひらひらしたものを着るのは慣れていないと――そう話してくれた」
ニー・ブラウJrは頷いた。今はしんと静まりかえった扉を見つめ、その先にいるであろう二人の姿を想像する。
ボンゴレファミリーが誇る最強の暗殺部隊ヴァリアーの幹部ルッスーリア。九代目のトマト畑を荒らす山狸どもを追い払い、風に飛ばされた洗濯物を即座に回収することで屋敷のメイドたちの救世主になっている『野生児』のハナコ。
どうしてこんな組み合わせが生まれたのか、はっきりしたことはニーもよく分かっていない。
分かっていることは、ハナコの幼い頃からの友人であり、義兄のような存在でもあるザンザスが、ルッスーリアに命じてハナコのためにドレスを作らせたこと。そして今日、ルッスーリアがそのドレスを手に九代目の屋敷に現れたことだ。今度開かれるという同盟ファミリーのパーティーの日程にあわせて、かねてから準備していたであろうドレスを仕上げてきたに違いない。
「しかし、あの『野生児』のハナコがドレスねえ。大好きな『ブラウ殿』と踊りたい一心で慣れないドレスに挑もうとしているだなんて、なんともいじらしいじゃないか。なあ、ニー」
「……少し黙っててくれないか」
にやにやしながら覗きこんでくるガナッシュをあしらいつつ、ニーはもう一度彼女らの居るはずの部屋の扉に視線をやった。
――今度のパーティーにはダンスの時間もあるよ、と九代目に教えられたときのハナコの嬉しそうな表情がふと頭によみがえり、思わず緩みそうになった口元を慌ててひきしめる。
ハナコが無事に部屋から出てくるまで安心はできない。同じボンゴレファミリーとはいえ、ルッスーリアは暗殺部隊の暗殺者なのだ。
(彼女、ルッスーリアはムエタイの使い手だという。嘘かまことか定かではないが、戦って殺した相手の死体をコレクションしている死体愛好家だとか。そのような人物がザンザスに命じられてハナコのドレスを作るなどと、にわかには信じがたいが……)
◇
「もういい、それくらいでもういいよ」
ハナコは座ったまま後ろに下がろうとした。
「そんなきらきらするものを顔につけてどうなるの――そういうのは、ほら、あたしじゃなくてもっと似合う人が別にいるはずだから」
「だめよ。まだ完璧じゃないの」
サングラスの向こうでルッスーリアがウインクする。
「きれいなドレスに似合うようにお顔もととのえてあげるのよ。せっかくだからもうちょっときれいに仕上げましょう、こうしたほうが絶対魅力的に見えるから。ほらほら、がまんしなさい」
大小さまざまな形のブラシを手に持ち、逃す気はないと言わんばかりの表情でハナコを追いつめる。ハナコは身をくねらせて抵抗した。
「うわーっ、そんなものであたしをどうする気。そんなの塗ったってきっとたいして代わり映えしないよ。くすぐったいからやめて」
「暴れちゃだめよ。おとなしくこのルッスーリアに全てを任せなさい。ニー・ブラウJrにきれいなドレス姿を見せてあげるんじゃなかったの? パーティーで彼と一緒に踊れるように頑張るんでしょう?」
その言葉を聞いて、ハナコははっと動きをとめた。
「……そうだった。ごめんなさい」
ぽつりと言って、椅子に座りなおす。
「胸を張ってブラウ殿の隣に立てるようになりたくて、あたしがザンザスにお願いしたんだった。暴れてごめんなさい。ルッスーリア――さん」
「いやん、ルッスーリアでいいのよ」
筋肉でむきむきに膨れあがったルッスーリアの身体が妙にセクシーな動きをする。
「分かった。ルッスーリア、続きをお願い」
「ええ、愛しの彼のために頑張りましょう」
ハナコは照れくさくなって、赤くなった顔を隠すように俯いた。
そう、全てはニー・ブラウJrの喜ぶ顔が見たくて始めたこと。
さんざん『野生児』と揶揄されてきた自分が、どうすればあの美しく華麗な彼にもっと好きになってもらえるか分からなくて、いろいろあれこれ試そうとしていたのだ。ひらひらするドレス、わけの分からないヒールとかいうものの生えた靴。どれもこれも苦手で着ているとムズムズするが、彼のためになら着用してみてもいいと思える。
それでブラウ殿が喜んでくれるなら!
そうこうしているうちに飛びこんできた同盟ファミリー主催のパーティーの知らせ。九代目に勧められてハナコも興味を持ったが、今の自分では到底ニーとは一緒に踊れないと思った。
練習すればダンスはそれなりには出来るようになるかもしれない。
でも踊るにしたって、場にふさわしい姿でなければきっとニーに恥をかかせてしまう。いくらニーがいつもどおりの格好でいいと言ってくれたところで、野山を駆け回るときのようなぺらぺらした動きやすい格好でパーティーに参加すれば皆の笑いものにされる。自分だけでなくニーまでも。そのことはハナコにもよく分かっていた。
――ザンザスが言っていた『お裁縫が得意でふぁっしょんせんすのあるやつ』に、早急にドレスを作ってもらわなくては!
だが、まさかドレスを手に現れたこの奇抜な髪型の人物が、ザンザスの言っていた『お裁縫が得意でふぁっしょんせんすのあるやつ』と同一人物だとは思わなかった。
暗殺部隊の暗殺者というからには、もっと地味で目立たない格好の人物が来るものと思いこんでいたのだ。突然のヴァリアーの訪問に驚いている九代目守護者たちの前で、ハナコは背中を押されるようにしてルッスーリアにこの部屋に押しこまれたのだった。
(……最初は変な人だと思ったけれど)
鏡にうつる自分の顔とルッスーリアの顔をまじまじと見比べてみる。
(この人、あたしなんかより、ずっときれいだ)
手や指の動き、動作のひとつひとつ、腕や肘の曲がる角度、全部が流れるようにしなやかで繊細。自分を美しく見せる方法に熟知していて、あたしの顔がどうやったらもっときれいに見えるかを真剣に考えてくれる。こんな人が部下でいてくれるなんて、なんだかザンザスがうらやましい。
ハナコが自分を見つめているのに気がついたのか、ルッスーリアは少し笑った。
「私もね、最初は驚いたのよ」
と、後ろからハナコの髪をいじりながら穏やかな声で話しはじめる。
「ボスに……ザンザス様にドレスをデザインしろと命じられて。そんなこと、これまで命令されたことほとんどなかったし、ボスに妹分がいたなんて聞いたこともなかったもの。もしかして血の繋がってる妹さんなのかしら、ボスそっくりの女の子なのかもしれないって、いろいろ考えながらこのドレスを縫ったのよ。ま、写真を見せてもらったら全然似てなかったからちょっと拍子抜けしちゃったけど」
「そうなの? ザンザスは、あたしのことについて何か言ってた?」
「言葉では特には何も」
ルッスーリアはハナコの両肩に手を置き、耳元にささやいた。
「でも、貴女のことをとても大事に思っていることが伝わってきた。貴女の名前を口にするとき、ボスの目は優しくなる。誰にも気づかせないくらいの変化だけれど、私の目はごまかせないの」
「そっか」
「――さ、できたわよ」
にんまりしているハナコを立ちあがらせて、ルッスーリアが満足げに息をついた。
「最高の出来よ、ハナコ! 待ちぼうけの王子様にさっそく見せにいってあげましょう」
◇
「――終わったんじゃないか?」
最初に気がついたのはクロッカンだった。
「ほら、出てくるぞ」
ニーは顔をあげた。わずかに開いた扉の隙間から、すり抜けるようにしてルッスーリアが出てくる。
「おほほ……お待たせしてしまったようね、諸君。ささ、お姫様のお出ましよ」
ぱんぱんとルッスーリアが手を叩く。
ややあって、ためらいがちに扉が開き、戸惑ったような表情のハナコが顔を覗かせた。
「ブラウ殿――あたし、おかしくない?」
「最高の出来だって言ったでしょ! 早く出てらっしゃい」
ルッスーリアに促されて、おそるおそるといった様子でハナコが前へ踏み出す。普段のハナコなら決して選ばないであろう細いヒールのついた靴を履いているせいで、かなりおぼつかない足取りではあるが。
その不自然な歩みに気をとられるあまりガナッシュやクロッカンも最初はかなりヒヤヒヤした表情で見守っていたが、次第に何かに気がついたように目を丸くし、ぽかんとしてハナコの顔を見つめた。
「おい……クロッカン」
ガナッシュがほうけた声で呟き、クロッカンの横腹をつっつく。
「あの『野生児』なんだよな……。今朝、九代目のトマト畑を守るために狸と戦って泥だらけになっていた、あのお嬢さんと同一人物なんだよな」
「同一人物――なのだろうが、雰囲気がまったく違うな」
クロッカンがうわごとのように呟いた。
「着るものや身につけるもので、こうも印象ががらりと変わるものだとは。とてもよく似合っている。なあ、ニー」
ニーもまた、声もなくハナコに見入っていた。
ザンザスに命じられてルッスーリアが仕立てたというドレスは鮮やかなオレンジ色だった。ハナコの日に焼けた肌に爽やかな印象を与え、彼女の快活なイメージをよい方向に活かしている。
明るい色味だがけっして派手すぎることもなく、どこか落ちつきさえも感じさせるのは、ひらひらするのは苦手だというハナコのために、ルッスーリアが余計な装飾をつけず、ほっそりした形のドレスに仕上げたことがいい影響を与えているのかもしれない。
どちらかというと控えめな雰囲気の化粧も、ハナコが本来持っている美しさをさまたげず、引き立てて、いっそう魅力的に見せることに成功していた。あれほど野生児だなんだと彼女を揶揄してきた自分自身が恥ずかしくなるほどの出来栄えだった。
「ど、どうかな、ブラウ殿……」
まだ少し自信なさげにハナコが尋ねる。
「これで少しはブラウ殿に近づけたかな。ブラウ殿の隣に立って踊っていてもおかしくないようにしてもらったつもりなんだけど」
「あ――ああ」
ニーはぽかんとしたまま頷いた。
「おかしくない――どころか――その――君のそんな姿を見るのは初めてで……かなり驚いている……正直なところ……」
いったい何を言っているのか、ニー自身もよく分からなかった。ハナコが首をひねって不思議そうに聞き返す。
「それってどういう意味?」
ニーはこほんと咳払いをして、ハナコに向き直った。
ハナコの目を真正面から見つめて、はっきりした声で言う。
「とてもきれいだ、ハナコ」
ハナコの顔がぱっと赤くなった。
他の守護者二人からひやかすような声があがり、ルッスーリアがなにやら意味深な笑みをうかべて両頬に手をあてている。
真っ赤になったハナコの前にニーはごく自然な動作でひざまずき、彼女の片手をとった。震えている手をやわらかく包みこみ、手の甲に唇をあてる。
「……美しい人よ、私と踊っていただけませんか?」
そう言ってゆっくりと顔をあげたニーの真剣な表情を見下ろし、ハナコは口をぱくぱくさせた。
ああ、とか、うう、とか唸るような声をもらして、それから、
「や――やっぱり恥ずかしい! また今度にしよう、ブラウ殿!」
そう叫ぶなり走りだし、靴を脱ぎ捨て、爆発しそうに赤くなった顔を伏せるようにしながら、野生の猿さながら屋敷の窓からひょいと飛び降りていってしまった。
「ハナコ!」
彼女が飛び降りていった窓に飛びついて、ニーが叫ぶ。
「なぜそこで断る!? 人がせっかく誘っているのに、失礼だとは思わないのか! ――待て、ハナコ! すぐに行くからそこで待っていろ!」
さっきまでの真剣な表情が嘘のように、かんかんに怒ったニーが脇目もふらず部屋を飛びだしていく。
残されたガナッシュとクロッカン、ルッスーリアは三人同時に顔を見合わせ、誰からともなく笑いだした。
「若いってのはいいねえ。こっちの想像もつかないことをやらかしやがる」
「想像していたよりワイルドでクレイジーな恋人たちね。私の作ったドレスは無傷でいられるかしら?」
「その点は心配ない。あれでハナコはなかなか器用なのだ。君の作ったドレスはきっと傷ひとつないまま、無事にパーティー当日を迎えるだろうさ……」
九代目晴の守護者ニー・ブラウJrと『野生児』のハナコ。
(不思議ね、ぱっと見ではちぐはぐな組み合わせに見えるのに――それとも、それだからこそなのかしら。なんだか見守りたくなってきちゃったわ。もっとも、ハナコの義兄として振る舞っているボスはいまだに反対しているみたいだけど)
ハナコの手をとってささやいていたニー・ブラウJrの姿を思い返しながら、ルッスーリアは、屋敷で待っているであろうザンザスにどんな報告をしようかと考えた。
おわり
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