ザンザスを救うためボンゴレ本部へ忍びこんだスクアーロ。
そこへ現れたブラバンダー・シュニッテンは、スクアーロを止めるかわりに「あるもの」をスクアーロへ差し出した。
※「獅子王の剣」を意識して書いた箇所が数行あるため、読んでいないとやや意味不明な描写ですが読み飛ばしても全く問題ないです。 2021/05/09全体的に加筆・修正しました。
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スペルビ・スクアーロは息をひそめていた。
月光の当たらない、灯の光の届かない闇の中で、影という影に身体を溶けこませ、時が過ぎるのをじっと待ち続けていた。
手の内には一振りの剣がある。鋭く光る、磨き抜かれた業物だ。これで九代目を殺す。いや、まずはザンザスを元に戻させるのが先だ。
(……ザンザス)
そっと息をつく。
《揺りかご》から五年。
ボンゴレ本部に反旗を翻したザンザスは、自らの父親の手によって深い闇の内に閉じこめられた。ザンザスが率いていたヴァリアーは軟禁状態に置かれ、不名誉と屈辱にじっと耐え続けている。
だが、それも今日で終わる。不在のザンザスに代わって隊員たちのまとめ役になっていたスペルビ・スクアーロは、今宵、ザンザスの身柄を取り戻すためにボンゴレの本部が置かれている屋敷へ単身忍びこんでいた。
あと数年で九代目は齢七十になる。
偉大なボンゴレファミリーのボスといえど老いには勝るまい、と思い、九代目の寝室に忍びこみ、その首に刃をあてるところを想像する。
九代目を人質にとられれば、守護者たちも動かざるをえないだろう。ザンザスを救いだすためには守護者たちの持つボンゴレリングが必要だ。どうにかして七つの指輪すべてを差し出させなければ——
そこまで考えたところで、いきなり伸びてきた手がスクアーロの手首をつかんだ。
スクアーロは仰天して顔をあげた。
「おまえは……!」
男は暗闇から滲み出るようにしてスクアーロの前に現れた。
「そこまでだ、スペルビ・スクアーロ」
月光に照らされて、鼻筋を突っ切る大きな剣傷と頬の傷跡があらわになる。ボンゴレ九代目の雨の守護者。
「ブラバンダー・シュニッテン……!」
スクアーロは唸った。
「なぜおまえがここにいる?」
「それはこちらの台詞だ」
闇の中から引きずりあげられる。月光のもとに晒されたスクアーロは、憎々しげに目を細めて歯ぎしりした。ブラバンダーは表情を変えないままスクアーロを見下ろしている。
「ヴァリアーは謹慎中のはずだ。なぜここにいる、スクアーロ。……もっとも、問う必要もないだろうが。おまえのやろうとしていることは分かっている」
「離せ」
短く言って、スクアーロはブラバンダーを睨みつけた。
「さもなければ、ここで殺す」
「おまえを行かせるわけにはいかない」
ブラバンダーの声は揺るがなかった。
「これ以上の騒ぎを起こす前に、ここから立ち去ってもらおう」
「うるせぇ! おまえごとき、ここで切り捨ててやってもいいんだぞ。味方も連れずにのこのことひとりでやってきて間抜けな奴め。《揺りかご》でオレにどんな目に遭わされたのか、とっくに忘れちまったようだなぁ」
スクアーロは鋭く吐き捨てた。
「もう一度思い出させてやろうか。その顔、その腕に傷をつけたのが誰なのか。おまえではオレの剣には勝ち目などないということを」
雲が動き、闇が降りてきた。
スクアーロは真っ暗闇に閉ざされた相手の傷だらけの顔をきつく見据えた。腕の内側で光る刃に注意を向ける。少しでもブラバンダーの気をそらすことができれば、剣を抜ける。一撃で仕留められる。
「……死ぬ気の零地点突破を解くためには、七つのボンゴレリングが必要だ」
闇の中から低い声が聞こえた。
「ボンゴレリングはそれぞれの守護者が所持している。ひとつひとつ奪いにいくつもりか」
「そうだぁ。そのためにおまえたちをひとりずつなぶり殺しにしてやる。おまえたちがどれだけ無様に死んでいったか、あのクソジジイの耳元で囁いてやるぞぉ。さぞかし滑稽な表情が見られるだろうよ。……さあ、まずはおまえからだ、ブラバンダー・シュニッテン」
雲が風に吹き散らされ、月光がふたたび辺りを照らしだした。スクアーロは動かず、相手もまた動かなかった。
——と、先に口を開いたのはブラバンダーのほうだった。
「ひと晩だけだ」
そう言って彼は急にスクアーロに向けて手を差し出した。そして、その手のひらに握りこんでいたものをスクアーロに見せた。
「九代目がおまえに渡すようにと仰った」
うつむき、目を伏せ、「ひと晩だけだ」とかたく念押しする。
スクアーロは彼の手に乗せられた金属製の鍵と、彼の傷だらけの顔を交互に見つめ、ふいに思いあたって、音をたてて息を吸いこんだ。
「……まさか!」
◇
思い描いていたその場所へは、思っていたよりも距離があった。
五年前、無我夢中で走り抜けた回廊は炎に焼かれて黒く煤け、石柱もところどころ砕けて無惨な姿を晒している。ここで何人も殺した、と思い、スクアーロはあらためて周囲を見回した。灯りに照らされて長く伸びた自分の影が、回廊の壁や柱に亡霊めいて揺れている。数歩離れて先を行くブラバンダーの影も。
「ここから先へは、限られた人間しか近づくことを許されていない」
ブラバンダーが唐突に口を開いた。
「守護者でも立ち入る者は少ない。オレも九代目に命じられた時以外にはここに来ることはない」
「《揺りかご》を思い出すからかぁ?」
スクアーロは嘲笑うようにして問いかけた。「オレに敗けたこと忘れちまったわけじゃないだろう。あの時のおまえは本当に無様だった。たかが十四歳のガキに手ひどく打ちのめされて、あげく全身に傷をつけられた。見ているこっちまで情けなるくらいだったぜぇ」
「……確かに、ここに来ることはあの時の痛みを思い出すことに繋がる」
ブラバンダーは前を向いたまま、片手で顔の傷跡に触れたようだった。
「だが、それはおまえも同じはずだ。スペルビ・スクアーロ」
スクアーロは押し黙り、あとは口を閉じたまま彼の後ろをついていった。
何度か扉をくぐり、とある部屋の前に辿り着いた。
「ここに《あの方》がいらっしゃる」
ブラバンダーが静かに言った。
スクアーロは顔をあげた。自分の背丈の倍はあろう扉を見ているうち、五年前の記憶がつかのまはっきりと脳裏によみがえり、火と硝煙のにおいが喉の奥を焼いた。煙がしみたように目がちくちくする。だが、手で触れてみると目の前にあるのは現実だった。扉の取っ手には錠がかけられている。促され、スクアーロは鍵穴に鍵を差しこんだ。
解錠された扉に注意深く手をかける。
念のためにと振り返ったが、ブラバンダーは無言で見つめるだけで、ついてこようとはしなかった。スクアーロは前を向いて、手に力をこめた。重苦しい音を立てて扉が動いた。
……そこから、どこをどう歩いたのかよく覚えていない。
まっすぐの一本道だった気もするし、くねくねと曲がり歩いた気もする。気がつくと青白い闇の中に立っていた。夢をみているような気分でぼんやりと顔をあげたスクアーロは、数十歩先に直立する氷の塊を視界に認めた。
それはおそろしく大きな氷柱だった。外界と遮断させるために四方に配置されていたと思しき分厚い金属板が、床に倒されて、表面に無数の霜を着けている。冷えた空気が白っぽいもやとなって室内に充満し、息を吸いこむだけで、凍てついた空気が針のようにちくちくと刺しながら口の中を転がり落ちてきた。
(……寒い)
足元の氷をよけながら一歩、一歩と近づくと、徐々に氷の内側にいる人物の顔がはっきりと見えるようになってきた。驚愕と苦しみ、恐怖をそのまま映しだした表情は、あの時、あの瞬間となんら変わっていないように見えた。
「……ザンザス」
スクアーロは呟いた。
片手をあげて氷の表面に触れてみる。驚くほど冷たく、なめらかで、手のひらの体温に解けていく気配もない。内側にいる少年は表情ひとつ変えず、時間が止まってしまったかのようにぴたりと静止している。
「目ぇ……開けろよ」
苦々しげに言って、スクアーロは両手を氷の表面に叩きつけた。
「見ろよ。髪、こんなに伸びたぞぉ。なにせ五年間も切ってないからな。あの時、あんたとの誓いを果たすまでは切らないって決めただろ。ちゃんと守ってるんだぜぇ」
背中まで伸びた髪に触ってみせながら、
「ベルも背が伸びてずいぶん大きくなった。クソ生意気だが、戦いのセンスに関しては天才といっていい。マーモンは相変わらず金にがめついが、元気にやってる。あいつの幻術には何度も助けられた。ルッスーリアだってあんたが戻ってくるのをずっと待ってる。面倒見がいいからある意味オレたちのまとめ役みたいなもんだなぁ。あんたがいなくなって一番寂しがってるのはレヴィだぁ。雷撃隊のウーノたちにでも任せておけばいいものを、律儀にあんたの部屋を毎日きれいに掃除して待ってるんだぜぇ。あんたがいつ帰ってきてもいいように。オレも——」
そこで言葉がつまり、ゆっくりと息を吐き出す。白い息が煙のように薄く長く立ちのぼった。
「なぁ……ボス、あんた、そこでいったいどんな夢をみてるんだぁ」
スクアーロは囁いた。
「苦しくないのか。辛くないのか。教えてくれよ。どんなことを考えているのか……何が好きかとか、嫌いだとか。よく考えたら、オレ、あんたのこと何も知らない。憧れて、分かったつもりになって、友達になったと思ってた。だけど、あんたは本当はオレのことなんてこれっぽっちも信用してなかったんだよな。——本当のことを言えば、離れていくような奴だと思ってたんだよな」
疲れたように氷の表面に頭を持たせかけ、かたく目を閉じる。
「……あれから調べたんだぁ。おまえがいつどんなふうにボンゴレにやってきて……九代目の息子になったのか。あの日、《揺りかご》でおまえが最後に言っていた言葉の本当の意味を知るために」
まぶたの裏に、錆びたトタン屋根がひしめきあうスラムの町並みが思い浮かんだ。古いバラック、色とりどりの布の覆いに身を包んだ女たち。大きく目を見開いてこちらを見ていた子どもたちの顔、表情、さまざまな国、さまざまな時代の流れを汲んだ深いまなざしと面。
ザンザスは九代目の実子ではなかった。スラムの女のもとに生まれ、九代目に養子として引き取られた。表向きは実子として——確固とした血の繋がりはなかった。
きっとザンザスはそれを知ってしまったのだ。五年前、クーデターを起こす前に。
どうやってかは分からない。いつ、どんなふうにそれを知ったのかも。何があったのか聞き出したくても、ザンザスがこうなってしまった以上、スクアーロにはもはや想像することしかできない。
(だが——それで全ての可能性が潰えたわけじゃない。全ての謎が紐解かれたわけでもない。だからこそ、オレたちにはまだやらねばならないことが山ほどある。できることがまだあるはずだぁ)
スクアーロは目を開け、顔をあげた。眠り続ける主の輪郭を指でたどる。五年前と変わらない、少年らしさの残る面を見つめ、軽く口の端をあげる。
ヴァリアーにできるのは待ち続けること。
存在し続けること。
そのためならどんな屈辱にでも耐えてやる。五年後、十年後、百年後、いつかおまえが目覚めるその時まで、おまえの居場所を決して誰にも消させやしない。
いつか帰るべき場所へ、おまえが迷わずに戻ってこられるように。
(オレは……ここにいる。他の奴らと一緒に、ずっとおまえを待ち続けてやるぞぉ。おまえが嫌だと言ったって、絶対に離れていってやらねえからな)
夜明け近くになって、スクアーロは部屋を出た。
すぐそこでブラバンダーが待ち構えていた。
スクアーロは無言で頷き、鍵を差し出した。ブラバンダーは鍵を受けとると、人目につかない抜け道を示した。
「この時間ならめったに人は通らない。目立つ行動さえしなければ、無事に外まで抜けられるだろう」
スクアーロは袖に隠した剣を引き抜きかけ、しばらくブラバンダーの様子をうかがってから、元通りにそれを仕舞いこんだ。
「おまえとはまたいずれ剣を交える日が来るだろう」
唐突にブラバンダーが言った。
「だが、今はまだその時ではない」
「分かってる」
「おまえはここに来なかったし、ここで何も見なかった。おまえが見たのは幻だ。夢の中の幻」
「それも分かってる」
スクアーロは踵を返し、この場から立ち去るべく、身体を半分闇に溶けこませた。
……幻、か。
そうかもしれない。闇に葬られたザンザスの存在は幻のように掴みどころがなくなってしまっている。決して触れることのできない、ボンゴレの歴史の表舞台から消された存在。
だが、九代目は息子を永遠にあのままにしておくつもりはないだろう。非情になりきれないあの男に、一度は心を通わせた息子を切り捨てることなどできはしない。いずれ、なんらかの形で全てが日のもとに晒される時が来る。その時こそ、決着をつける時だ。
「じゃあなぁ。寝首をかかれないよう、せいぜい気をつけておくんだな」
「——ああ」
ブラバンダーに背を向けて、スクアーロは床を蹴って宙に飛びあがった。
その存在は、身を包む衣服と同様に黒一色の影となると、音もなく、まったき闇の中に消えていった。
おわり
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