狂恋(白蘭夢)

ボンゴレファミリー壊滅後、ザンザスに忠誠を誓うヴァリアーの女隊員を白蘭が追いつめる話。
ハッピーエンドではないです。
※未来編・パラレルワールド設定。ボンゴレファミリー側の原作キャラ死亡済。


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「……さあ、これでよし」
 レースのリボンを留めて、僕はうっとりと目を細めた。周囲ではらはらと見守っていたメイドたちもどこか安堵したように息をつく。
「見違えたな。まるでどこかのお姫様みたい。とてもよく似合ってる」
 血も、汚れも、必要なもの以外何ひとつついていない白いドレス。首と肩を飾るきらきらの宝石たち。なにもかもが完ペキ。
 メイドたちを下がらせて、おおげさなくらいの動きで彼女の手を押しいただく。「どうぞ、お姫様」
 だが、彼女はその手をふり払った。痛いほどの視線が僕の胸に突き刺さる。まあ、いつものことだけれど。
「なんでそこでこう……もっとおしとやかな動きができないかな。僕のこと、そんなに嫌い?」
「当たり前だ。わたしが忠誠を誓うはただひとり、ヴァリアーのボス、ザンザス様だけだ」
「あーあー、これだからヴァリアーってのは。さすがボンゴレ最強の暗殺部隊はごりっぱな情操教育をなさっているようで……。はあ。諦めた方が楽になれるってどうして分かんないかな。いいかげんやめにしない?」
 僕はため息をついた。ここんとこ毎日この調子だ。
 ザンザス、ザンザスってそればかり。まるで彼のことしか見えてないみたい。キミのそばにはもう僕しかいないってのに。
 ヴァリアーはなくなった。ボンゴレもなくなった。ここにはミルフィオーレと僕、そしてキミだけ。あがいたところでどうにもならない。
 ヴァリアーのアジトが木っ端微塵に吹きとんだあの夜、捕虜として捕らえられ、哀れ下種の相手をさせられそうになっていたキミを救いだしたのはこの僕だ。彼女が失ったものの代わりを埋めるように、僕はできるだけのことをキミにしてきた。それなのに何が不満なんだろう。
「ねえ、いったい何が気にいらないんだい? ここには美味しい食事も、きれいな服もある。シャワーだって好きなときに浴びられる。ヴァリアーにいた時はそうはいかなかったんでしょ。なんせ戦続きで逃げこんだぼろぼろのアジトでも、あのわがままなボスが好き放題やってたってんだから。あそことこことじゃ大違い。あいつとこの僕も大違いだよ。僕はキミのためならなんだってしてあげられる。だからさ、不満があるなら言ってよ。いったい僕の何が嫌なの」
「貴様とここにいることそれ自体に虫唾が走る」
 彼女はそう吐き捨てるように言った。うわー。悲しくなるね。
 してあげられることぜーんぶしてあげたのに。なんでだろ。
「ねえ、お腹すいたでしょ。ハナコちゃん。なにか食べにいこうよ。とびっきりのデザートを用意してもらってるんだ。マシュマロでいっぱいのあまーい……って、おーい。ちょっとはこっち向いてよ。聞こえてないわけじゃないんでしょ?」
 彼女は聞こえないふりをして、僕に背を向ける。
 これもまたいつものこと。
「ねえってば。何か食べたいものは? なんでもコックに作らせるよ」
「黙れ」
 刃の鳴るような、澄んだ声が響いた。
「わたしに近寄るな。下種め」
「うっわー。それがキミを助けた僕にかける言葉? なんなら、キミが捕虜としていたあの場所にもう一度戻してあげてもいいんだよ?」
「煮るなり焼くなり好きにしろ。どこにいようと、わたしは決して諦めない。わたしも、わたしの仲間たちも」
 そう気丈に言いはなった。
 でも、ホントは知ってる。彼女がそのドレスの下で、いつも空腹と渇きに耐えていること。
 僕がいなくなった後、ふらふらになりながらベッドに戻って、涙を流しながら泣き叫ぶのをこらえていること。
「わかったわかった。ごめんね、ハナコちゃん。絶対そんなことしない。なんせ、キミはこれから僕のお嫁さんになるんだからね」
 僕はハナコちゃんの横にさっと並んで、ハナコちゃんの顔を見る。
「そう、僕はキミが気にいったんだ。あんなところへなんか絶対に放りこんだりしない。欲におぼれた男たちの手でキミが汚されていくのは見たくないもの。知ってる? 初めて見たときから僕はキミのことが大好きになっちゃったんだ。細身の剣をふりかざして戦って……まるで、神話の女神様みたいだった。だからこそあんなところへ置いておきたくなかった。一時たりともね」
 ハナコちゃんは決して視線をあわせてくれようとしないけれど、それもまたいつものこと。ひどい扱いをされたって痛くもかゆくもないよ。
 だって、僕はハナコちゃんのことならなんでも知ってるんだから。
 キミがそんなふうに気丈にふるまうのは恐怖を隠すためだということ。態度も言葉もそっけないけど、本当はどこにでもいる普通の女の子となんら変わりないこと。あの男の前でだけ年頃の娘らしく頬を染めることも。
 キミはそうやって目を閉じながら、いつもあの男のことを考えている。たとえその視線が僕に向いていたとしても、決して僕を見ているのではない。僕の向こうがわにあの男の影を見ているんだ。<雑種>たるザンザスの、僕とはほんのちょっと違う大空の炎――。僕の中にそれを追い求めるかのように。
 まさか僕が気づいていないとでも思っているんだろうか?
「……ねえ、どうしたら僕のものになってくれるの?」
 馬鹿げたことだと分かっていたが、聞かずにいられなかった。案の定、彼女は蔑みの視線を僕に向けた。
「わたしはおまえのものにはならない、白蘭」
 きっぱりと彼女は言った。「これまでも、これからも、わたしが忠義を尽くすはただひとり。ヴァリアーのボス、ザンザス様だけ」
 まただ。また、ザンザス。彼はここにはいないのに、どうして彼の名ばかりをそう口にできるのだろう。
 暗殺部隊ヴァリアーは弱者を必要としない。敵の手に落ちた仲間を助けるだけの義理も持ちあわせない。だから、たとえ生きていたとしてもザンザスがここへくることはない。彼女だって分かっているはずだ。もう誰も自分を助けにきてはくれないって。
 でも、なんでかな? ザンザスの名を口にするときの彼女の顔は希望に満ちている。
 まるでザンザスが彼女のたったひとりの神サマにでもなったみたいに。怒ってばかりのわがままな主人のいったいどこがいいっていうんだか。
「ね、いるんでしょ、桔梗チャン」
 僕は言った。
 すぐさま、どこからともなくすらりとした影が現れる。「お呼びでしょうか、白蘭様」
「んー、ちょっと席はずしてくれるかな。ハナコちゃんとふたりきりで話がしたいんだ」
「しかし……」
「大丈夫。この僕がそうやすやすと殺されるわけないでしょ」
 桔梗はちょっと心配そうにしていたけど、さすがに物分かりがいい。すぐさまうなずくと、エメラルドの髪をさっとなびかせてどこかへ消えた。あたりから様子をうかがっていたらしい兵士たちの気配もまとめて消えた。
「これで本当にふたりっきりだね、ハナコちゃん」
 彼女の表情がわずかにこわばった。ああ、好きだな、その顔。怖いのを必死に押し隠してる。
「おいで」
 彼女の肩を、僕は無理やり抱きよせた。嫌がる彼女をテラスの端まで連れていき、欄干からいっしょに下を眺める。
 落ちかけた夕日に、地上は赤く染めあげられている。地平線のはるか向こうまで赤一色だ。まばらな木々のあいだをのろのろとはいつくばる影は人か獣か、指でつぶせばぺしゃんこになりそうに小さくて、滑稽でさえあった。僕は笑みをこらえることができなかった。
「どう。きれいでしょ。ここから眺めるのがいちばんいいんだ」
 僕は地上へ向かって手をかかげた。
「かつてここはヴァリアーの領地だったよね。緑に囲まれた、きれいなところだった。春にはアーモンドの花が咲き誇り、夏には屋敷じゅうが柑橘のにおいでいっぱいになる。秋にはたくさんの山の実りが採れ、冬は凍りつくような冷たい雪に閉ざされた。隊員たちの稽古の声、稽古用の剣や槍を打ちあう音、メイドたちの干すリネンの香り……。ま、ぜーんぶなくなっちゃったんだけどね」
「……」
「今は、ここはミルフィオーレの土地。あっちの端からこっちの端まで、ぜーんぶ僕のもの。もちろん、その向こうも。いずれはこの世界すべてが僕のものになる。新しい時代、新しい世界が始まるんだ。僕の理想世界……新世界が。そこでは全てが望むままに成される。始めから――何もかもが新しく。悩んだり、悲しんだりする必要はない。心配や、不安に思うことはぜーんぶなくなる。今よりももっと素晴らしい世界になる」
 僕はそこで彼女に向き直った。
「だからさ、ハナコちゃん。僕といっしょに行こう。新しい世界へ。キミは僕の妻として、僕はキミの夫として。そこに君臨するんだ」
「断る」
 彼女は言った。でも、声が震えてる。
「わたしはおまえのものにはならない。わたしは……」
「へー、まだそんなことが言えるんだ。キミってあんまり賢くないよね。頭はいいけど……」
 ちょっと皮肉っぽく言ってやって、僕は更に腕に力をこめる。
 ハナコちゃんがもがいてもおかまいなし。暴れる彼女を背中から抱きしめ、ぐいと顎を持ちあげて耳元でささやいてやる。
「あの子、ユニを見ただろう? あのうつろな眼。あるべき魂は奥深い場所に囚われ、からっぽの器がむなしく立ちつくしているだけ……。キミをあんなふうにしたくはないけれど、僕のいうことを聞かない悪い子にはおしおきをしてあげなきゃね」
「……まさか、おまえが……!」
 ハナコちゃんの顔が憤怒にゆがんだ。
「そうさ。僕がユニをあんなふうにしたのさ」
 僕はけらけらと笑った。「まあ、おしおき以外の意味もあったといえばあったんだけど。トゥリニセッテの一角を守護する、ただそれだけのために存在する哀れな人形にこの僕が人に役立つことの意味を与えてやったんだ。この世界に存在する意味をね」
「この……人でなし! あんな小さい子にまで手をあげるなんて!」
「おっと」
 振りあげられた拳をかわしたついでに、手がゆるんだ。ハナコちゃんは僕の腕から転がりでると、部屋の中に素早く駆け戻った。
 血走った眼が、壁にかけられていた飾りものの短剣を捉える。ハナコちゃんはすばやくそれをつかむと、僕に向かってそれをまっすぐに構えた。
「おまえだけは絶対に許さない、白蘭。たとえここで私が命を断たれようとも、ザンザス様が必ずやおまえの野望を打ち砕いてくださる!」
「ふーん……。まだそんな男のことを信じているんだ」
 その盲目的なまでの忠誠に、哀れみよりも愛しさを僕は覚えた。
「でも、そんなくだらない男のためにキミが傷つく必要はこれっぽっちもない。キミもいずれは理解する。僕の選ぶ道こそが正しかったと。敗北者たちは、己が浅ましさゆえに死んだのだと」
 その怒りと哀しみがごっちゃになった顔をぐちゃぐちゃにしてみたくて、今まで隠していたとっておきのヒミツのものをふところから取りだす。
「これ、なーんだ」
 手のひらから転がりでた小さな立方体。ハナコちゃんがはっと息を呑む音が聞こえた。
「ん、まあ分かって当然だよね。分かんないって言ったら、さすがの僕も呆れちゃうところだった。さあ、出ておいで」
 指輪に灯した炎をその立方体――匣に注入する。
 匣の開口部にさっと黄金色の光が走り、そこから白い生き物が咆哮をあげながら飛びだしてきた。勇猛で誇り高い、赤き瞳の獅子。
 ハナコちゃんがあっと声をあげた。驚きを隠せないみたいだった。そのあいだにも獅子はゆっくりと僕に歩みより、確かめるように僕を見あげる。僕も手を伸ばしてそれに応える。
 とたん、いかにも凶暴そうだった目にやわらかな光がともった。甘えるように頭をすりつけてくる。
「ん。いい子だ。ちょっとくすぐったいけど」
「どうして……」
 ぽつりとハナコちゃんが呟いた。
「なぜ……なぜあなたがベスターを……」
「なぜって? 言わなくても分かるでしょ? キミ、頭いいから」
 僕はにっこりとした。「ま、信じたくない気持ちは分からないでもないけど。でも真実は真実。認めるべきだよ。嘘がホントにならないのと同じように、ホントのことはどうやったって嘘にはならないんだからね」
「……おまえが」
「え?」
「おまえが殺したのかっ!」
 ひびわれた声で彼女は叫んだ。憎しみのこもった、絶叫にも似た叫びだった。
 鉄骨の部屋全体がきしんだ。彼女の身につけていた指輪から炎が噴き出ていた。炎の圧力に吹き飛ばされた調度品が壁にぶち当たり、ポットやティーカップが音をたてて砕けちる。ああ、きれいだからって精製度の高いリングをつけてあげるべきじゃなかったかな?
「落ちついて、ハナコちゃん。あんまり暴れたら……」
 僕の言葉を待たずに、ベスターが彼女に向かって突進した。
 凄まじい炎圧のせいでいまや壁のようになっている炎をものともせずに突き抜け、非情なまでの力で弾き飛ばす。短い悲鳴をあげて彼女は床を二転三転し、握りしめていた短剣も手の中を転がりでた。背中を折りまげて咳きこむ彼女に、ベスターの前脚が容赦なくのしかかる。
「ああ、せっかくのドレスが……。だいじょうぶかい、ハナコちゃん? 起きあがれる?」
「寄るな……!」
 血を吐くような叫びをあげて、ハナコちゃんが身体を起こした。ベスターが唸り声をあげてその背を押しつぶそうとする。
「ベスター、それじゃあ本当に血を吐いちゃうよ。こっちへおいで」
 ベスターはぐるる、と喉を鳴らして僕を見た。
 ハナコちゃんから身をひいて、すたすたと僕の方へ歩いてくる。ハナコちゃんがぺたりと座りこんだままベスターに手を伸ばす。
「……違う……違う! あなたの相棒はそいつじゃない! ベスター、思いだして! あなたは……!」
「だめだめ。無駄だってば」
 僕はすり寄ってきたベスターのふさふさのたてがみをゆっくりと梳いてやった。
「こいつの今の御主人さまはこの僕だ。ザンザスくんでも、ましてやキミでもない。もし僕が彼にキミを殺せと命じたら、彼はためらいなくキミの喉を食いちぎるだろう。匣兵器というのはそういうふうに造られているんだから。あ、実際にはそんなことさせないから安心してね? なんたってキミは僕の大事なお嫁さんなんだから」
 満足げにごろごろと喉を鳴らすベスターを、彼女はぼうぜんと見つめた。
「ねえ、新婚旅行はどこがいいと思う? 北の方かな……南の方かな……どこか別の国のリゾート地へ行くのもいいかな。そうそう、ザクロの故郷もけっこうオススメなんだ。人っこひとりいないからきっとのんびりできるよ。ああでもその前に、式の日取りを決めなくちゃ。山の上の小さな教会で式を挙げよう。知りあいみーんな招待しよう。もちろんキミの友達も。キミの花嫁姿を見せてあげたいからね」
 ベスターを匣にしまいこみ、僕はうっとりと目を細める。
 想像するだけでぞくぞくする。その時のキミの顔。表情。僕らを祝福する仲間たち。白い頭巾の兵士たち。
「僕は白いタキシードを着て、にこにこしながら皆に手をふっている。僕の隣にはキミがいる。キミは白いドレスを着て微笑んでいる。僕はキミの面紗をあげて、キミに誓いのキスをする。皆が立ちあがって拍手をする。キミはちょっと頬を染めて恥ずかしそうにうつむいている……。ね、素敵だよね。早いうちに予定をたてておかなくちゃね」
「いや……」
 そう呟いて、彼女は座りこんだままそろそろと後ずさった。年齢相応の少女の顔に戻っていた。
「いや? 何がいやなんだい? キミのためならなんでもするよ」
「やめて。来ないで。来ないでよ!」
 そこらにあるものをなんでもかんでもひっつかんで僕めがめて投げつける。ティーカップの破片が壁にあたって砕けちった。テーブルをなぎたおし、椅子を蹴飛ばして、あの短剣までも投げつけて……とうとう投げるものが何もなくなると、壁際まで後退しておびえきった目で僕を睨みつける。でもその視線は弱々しい。肉食に追いつめられた獣のはかない抵抗そのものだ。
「ひどいことするなぁ、ハナコちゃんたら。そう怖がらないで。痛いことなんてしないよ。ただ……そう、ただ僕はキミと仲良しになりたいだけなんだ」
「いや! 来ないで! 来ないでったら……ザンザス様……」
 ぽろぽろと涙をこぼして、彼女は泣いた。彼女の目に、いま僕はどんなふうに映っているのだろう。
「さあ、つかまえた」
 しゃがみこんで手を伸ばす。小さな身体はいともたやすく僕の腕におさまった。
「これでもうキミは僕のもの。ずっと僕のそばにいてもらうよ。そう、ずっと……ずっとだ……」
 絶望でいっぱいの彼女の顔にキスをする。泣き声まじりの悲鳴にぞくぞくと背中が粟立った。
 ああ、好きだよ。キミのこと。

     おわり
 
 TITLE:vertigeより「狂恋」
 DATE:2011.08.15

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