「狂恋」(パラレルワールド)の続きの原作・本編ルート。
ボンゴレファミリーのチャーター機に乗せられて並盛へ向かう白蘭。
ふと気がつくと隣に小さな女の子が座りこんでいた。
※小さな女の子=「狂恋」で登場したヴァリアー女隊員の現行世界での姿
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炎――。
それがいちばん最初の記憶。僕の中の何かが死んで、いっしょくたになってどこかへ消えていく感じ。
世界全体を覆いつくすその炎の向こうに、僕は小柄な少年の影を見る。あわれみと、激しいまでの怒りをこめて、彼は僕をまっすぐに見つめている。
そこで世界が反転する。真上から光が差しこみ、色とりどりの魚たちが視界をいっぱいに泳いでいく。透明の世界。
赤ん坊の僕は水底で貝殻のように眠っている。
どこからか僕の名を呼ぶ声が聞こえる。静かで、けれど力強い声にみちびかれ、僕はゆっくりと上昇を開始する。泡立つ水面を突きやぶり、手を伸ばすと、まばゆいばかりの大空が視界になだれこんでくる。海鳥たちの鳴きかわす歌に、ほんの少しの悲しさと、いつかどこかで聞いたような感じを覚えながら……。
……そして、いつもそこで目が覚める。
◇
かわって、ここは夜空の上。
一行を乗せたチャーター機は、はるか日本へ向かって十数時間の空の旅を続けていた。
僕はひとり座席に腰かけて、流れゆく暗い雲海に目を向けている。なにせ、足にも手にも枷をつけられてほかに見られるものが何もなかったから。
気を紛らわせてくれるテレビ番組も、音楽すらもここにはない。ほんのすこしの空腹を満たすためのお菓子さえも。あるのはゴーゴーというかすかなエンジン音だけ。見張りをしている人たちは皆顔を隠して、呪いのような仕草で僕の世話をする。そんな扱いで、いったいどうやって僕に言うことをきかせるつもりなんだろう。
とはいえ、分からないわけではない。
僕のような――不思議というより、不気味とすらいえる力を持った――人間を、丁重に扱えというほうが無理難題だろう。
乾ききったこの世界。道行く人たちはどいつもこいつも仮面めいた顔で通りすぎていくだけ。ここにいるのに、ここにいないような不思議な感覚。あの夢の海の中を泳いでいる方がずっとまし。
慣れたことだ、と僕は自分に言い聞かせる。慣れたことさ、こんなものは。だから僕は笑ってやるんだ。どんなことにも平気なふりで、僕を利用しようとする奴らの悔しげな顔を眺めまわしてほくそ笑んでやるんだ。……今はみんな、眠っちゃってるけどね。
誰かがぐうぐうとおおいびきをかいている。パイロットは今ごろ、目指すべき場所へ向かってまっしぐらに飛んでいる頃だろうか。僕は……お腹がすいたなぁ。
「ねえ」
澄んだ声がした。僕は首をめぐらせて、いつのまにか僕の隣にちょこんと座りこんでいる小さな影を見た。
女の子?
歳はまだ六つか、七つといったところだろうか。こんな小さな女の子までここに乗りこんでいたとは聞いていないけれど。
「キミ、だれだい?」
「あなたこそ、だれ?」
女の子はちょっと不満そうな顔になった。「わたし、あなたみたいな人は初めて見るわ」
僕は一瞬きょとんとしてから、
「やあ、これは失礼。僕が先に名乗るべきだったね。でも、あいにく僕はキミのような女の子に名乗るだけの名前は持ち合わせていないんだ」
「そうなの? でも、たしかにみんなあなたのことはあんまり名前で呼ぼうとはしない」
「そう、僕はどうやら大きな罪を背負って生まれてきたらしいから。ところでキミの名は? 僕に教えてくれる?」
「ハナコ」
女の子はちょっと恥ずかしそうにそう答えた。
ハナコ、ハナコ……。どこかで聞いたことがあると思った。でも、それがいつ、どこでのことなのか、ちっとも思い出せない。
どうしてかな。僕はその名前がとても大好きだった、そんな気がする。
僕が考えごとしているあいだにハナコは僕の隣をちゃっかり自分の席と決めこんでしまったようで、シートベルトを締めてすっかりくつろいでいる。ほかの人にばれて怒られないといいけど。
「ところでキミは、どうしてこんなところに?」
「わたしがここにいたら、おかしいかしら」
「だってキミはまだ小さな女の子じゃないか。女の子がひとりで怖い顔の人たちといっしょにこんな飛行機に乗ってるなんて、あんまりないだろ? 怖くはないの?」
「わたしだってマフィアのはしくれよ。怖くなんてないわ」
ハナコはどこか誇らしげに胸を張ってみせた。
「マフィア? キミ、マフィアなの?」
「そう。わたしはマフィア。この飛行機も、わたしのいるファミリーが所有しているものなの。わたし、どうしてもってせがんで乗せてもらったの。ここの人たちはみんなとても重要なお仕事をなさっているらしいから本当は乗ってはいけなかったんだけれど、わたしのおじい様、ボンゴレファミリーで大切な役割を長年務めているらしいから、それで『おまけ』してもらったの」
「顔パスってやつ?」
「どうかな? でも、そんなものだと思う」
ハナコは膝をぶらぶらさせて、
「ねえ、聞いてくれる? わたしの話。ここにいる人たちはみんな無口でつまんない。あなたみたいな人が乗っていてくれてよかった。本当はずっとあなたに話しかけたかったのよ、でもみんながだめだって言うから」
僕はちょっと考えてから、
「ああ、もちろん」
テレビも音楽もないし、マフィアを名乗る小さな女の子の話を聞くのも悪くはない。
僕の返事にハナコは安堵したような笑みをうかべ、それから急にまじめな顔になった。
「よかった。……さいきんね、おじい様が冷たいの。なんだかとっても忙しいみたい。以前のようには遊んでくれなくなった。ここの人たちもそうだけれど、大人ってみんな忙しくしているのね」
「キミのそのおじい様は、忙しさにかまけてキミと遊ぶという大切なお仕事を忘れちゃってるわけだ」
「そう。そうなの。……ううん。でも、そうじゃないわ。おじい様は仕事ひとすじの人だもの。わたしはおじい様のことが大好きだけれど、おじい様にとってわたしは仕事の次だった。さびしいけれど、そうなの」
ずいぶんとませた女の子だな、と僕は思った。ルームライトにななめに照らされた横顔は、大人の女性がするみたいにさびしげだ。
「昔はよく遊んでくれた人も、今はもうわたしのことなんて忘れたみたいにしてる。わがままは言えないから黙ってるけれど、本当はつまんない」
「キミのような可愛い子をほうっておくなんて、ひどい人たちだね」
「昔はよく遊んでくれたのよ。昔はね……。わたし、ガナッシュやブラバンダーにおんぶしてもらうのが大好きで、よく二人にせがんだの。二人とも背が高いから、そこから見える景色はいつも特別だった。風船が木にひっかかっても、二人はいつもとってくれたわ。本当はおじい様にとってもらいたかったけど、おじい様は肩が痛いって言うし、いつも間違えて割っちゃうから、二人にやってもらっていたの」
「ハナコはおじい様が大好きなんだね」
「うん。怒るとすっごく怖いんだけどね。そこは嫌い」
ハナコはそう言っておじい様の顔真似をした。僕はけらけらと笑い声をあげた。自由に手が動いたら、手を叩いて喜んだところだけれど。
「でも、あなたはわたしの話を聞いてくれるから好きだわ」
「それは光栄だね。僕も好きだよ、キミのこと」
「ほんとう!?」
ハナコの顔がぽっと赤くなった。
「嬉しい。ありがとう。わたしもあなたのこと大好きよ」
僕は不思議な気持ちになった。彼女のその言葉をずっと待ちこがれていたような気がする。――僕の中の、遠い誰かが。今はもうその声を聞くこともできない誰かが……。
「ねえ、お腹すいたでしょ? あなた、あんまり食べさせてもらえなかったものね」
そう言ってハナコはごそごそとポシェットをさぐり、黄色の派手な包みを破ってクッキーを取り出した。
「二枚あるから、半分ずつね。はい」
「ごめんね。僕、いま腕があんまり動かせないんだ」
僕は枷につながれた手をひらひらと動かしてみせた。
「そうなの? じゃあ、わたしが食べさせてあげる!」
ハナコがぱっと笑った。手をのばして、僕の口にいそいそとクッキーを押しこむ。割ってくれたってよかったのに。
「おいしい?」
「うん」
胸の焼けるような甘さだけど、すごくおいしい。「ありがとう、ハナコ」
頭を撫でてあげたかったけど、やっぱり手が動かなかった。それでも、ハナコはにこにこして僕の顔を眺めてる。
「……ねえ、ハナコ」
「なあに?」
「大きくなったら、僕のお嫁さんになってくれる?」
「うん。あなたならいいよ、わたし、あなたのお嫁さんになる」
そう言ってハナコは僕の腕に飛びついた。
「きっとだよ、ハナコ。約束だ。大きくなっても僕のこと、覚えていてね」
「おじい様にもあなたのことを紹介する。わたしの大事な人だって。……ああ、でも」
ハナコはちょっと困った顔になった。
「わたし、あなたのことなんにも知らないわ。わたしばかりおしゃべりしてて、あなたのことはなんにも教えてもらわなかった。おじい様にあなたのことを聞かれても、これじゃあなにも答えられないわ」
「だいじょうぶ。これから知っていけばいいんだよ」
僕は頭をななめにもたせかけて、彼女もそれにならった。こつんと頭がぶつかりあうのを確かめて、いっしょになって目を閉じる。
――世界はからからに乾ききって、どこもかしこも窮屈だ。できることならいつまでもあの夢の海を泳いでいたい。
でも……。
「じゃあ、僕のことを教えてあげるね。僕は……」
たぶん、この世界も悪いことばかりじゃないんだと思う。にこにこしながら耳をすましているハナコに、僕はそっと僕の秘密をうちあけた。
夜が明けるまでフライトは続く。
目指すは日本、並盛――。僕の力を必要とする人たちのもとへ。
それまでは、こんなふうにおしゃべりを楽しんでいようと思う。僕のことを好きだと言ってくれる、おませの小さな友達といっしょに。
おわり
TITLE:vertigeより「彼方から呼ぶ声」
DATE:2011.08.15
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