オレンジ・マーマレード(レヴィ・ア・タン夢)

バレンタインの日、日本びいきのボンゴレファミリーはチョコレートを巡ってひと騒ぎ。それはヴァリアーも例外ではない。どうせ自分はチョコを貰うこともないだろうと決めつけているレヴィの前に現れたのは?

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「最近忙しいったらないよ、この聖なる日にも仕事だなんてさぁ」
 そうぼやいたのはトレだった。
 机上の書類とにらめっこをはじめて、もう数時間になる。執務室にこもりきりなのが耐えられないらしい。ペンを握り締めたままの手はさっきからちっとも動いていないし、せわしなく時計を見上げては犬のような唸り声をあげている。
 なにをそんなに待ち遠しくしているのか、とレヴィ・ア・タンは思った。
 今日は恋人達のための日、バレンタイン。がさつな雷撃隊には到底関係のない話である。特にレヴィは、バレンタインは自分には縁のない話、あってもなくてもいい、いや、ないほうがいくらかマシだ、とすら考えていた。今年もまた、ベルフェゴールやスクアーロににちょっかいをかけられて終わるに決まっている。
 ――え? なに、おまえ、チョコやお菓子のひとつももらってねーの?
 ――う゛お゛ぉい、オレのをわけてやろうかぁ。
 レヴィは腹立たしい思いに唇をかんだ。
 本来バレンタインは恋人同士のための日、恋人同士で贈りものをするのが通例であるが、日本びいきであるボンゴレでは日本の慣わしを真似て、女性から男性へチョコレートを贈ったりもする。それはここヴァリアーでも同じだった。数日前から女隊員は浮き足立っているし、男隊員は変にそわそわしている。
 まったく、なんというだらしのない。こんな日、存在しなければいいのだ。レヴィは知らず知らずペンに力をこめた。その感情がただの嫉妬であることには気がつかなかった。
「手を止めるな。ドゥーエ、おまえもだ」
 ウーノが厳しい声をあげた。ぼーっと外を眺めていたドゥーエは真面目な顔つきに戻って書類に向きなおる。
 雷撃隊の一番格であるウーノは周囲に気を配りつつ、そつなく仕事をこなして山のような書類を切り崩していく。普段は黒いマスクで隠している素顔も実はなかなか精悍で、頼りになる性格と相まってけっこう人気があるらしい。
「レヴィ隊長、このぶんの仕事は終わりました」
 書類を整えながら、ウーノはそう言った。
「……御苦労」
 レヴィはウーノの顔をじろりと眺めつつ言った。射抜くような視線にとらわれて、ウーノは怯えるどころかにっこりした。心待ちにしていることがある、そんな表情だった。
「今日はバレンタインですね、レヴィ隊長」
「それがどうした」ペンを滑らせながらレヴィはすこしむっとした。
「そろそろ、レヴィ隊長の大切な人が来るんじゃないかと思って」
 レヴィがぎょっとして顔をあげたのとほぼ同時、ノックの音がして、執務室の扉がゆっくり開いた。
 顔を覗かせたのは、ハナコだった。また新しい書類が来たのか、と思ってレヴィはうんざりしたが、彼女が手に持っているのは紙束ではない、両手のひらに乗せられるくらいの箱だった。
 突然、ウーノとドゥーエとトレが立ちあがった。三人で顔を見合わせて、次々に扉のほうへ歩いていく。
「おまえ達、どこへいく」
 レヴィは思わず声を荒げた。まだたんまりと残っている書類の山を見やり、彼らの後姿を目で追いかける。
「仕事はまだ終わっていないぞ!」
「実は、レヴィ隊長。仕事はもうとっくに終わっているんですよ」
「なに?」
「こうでもしないと、レヴィ隊長は部屋にいてくれないでしょう。オレ達は、ハナコが来るまでの足止め係というわけですよ」
 目を丸くするレヴィをちらりと見て微笑むと、ウーノはハナコの肩を後ろから一押しして部屋に押し入れた。扉を閉めて、足早に去っていく。部屋にはいまいち腑に落ちないままのレヴィと、やけに緊張した面持ちのハナコが残された。
「あいつら、なんのつもりだ」
 レヴィはひとりごちた。
「レヴィ隊長、失礼します。あの」
 ハナコはおずおずと前に踏み出た。箱を後ろ手に隠すようにしている。わけが分からないままでいるレヴィは混乱して、ハナコのほうを向かないままに「言いたいことがあるならはっきり言え!」と怒鳴りつけた。ハナコも元気のいい返事をしたが、またすぐに口をつぐんでしまう。
 ――ええい、まどろっこしい!
 レヴィはきっとハナコを睨みつけて、そのとき初めてハナコの顔をまともに見た。
 これ以上ないくらいに顔を真っ赤にさせて、ハナコは突っ立っていた。
 ――そういえば、今日はバレンタインではないか。
 ――まさか、ハナコが、オレに?
 気がついた瞬間、顔がかっと熱くなった。
 ハナコのこの態度、後ろに隠している箱、ふたりきりのこの状況、なにをとっても合点がいく。まさか、そんなことあるわけない、そう心で否定してみても、熱はいっこうに引いてくれそうになかった。それどころか余計にふくれあがって、今にも火を噴いて爆発しそうでいる。
 レヴィは居たたまれなくなり、逃げるように窓辺へ移動した。外では雪がちらついている。窓を開けて冷えた風にあたればすこしは熱を冷ませるかもしれないが、ハナコを寒さに震えさせるわけにもいかない。
「あの、レヴィ隊長」
 小さな声が聞こえた。
 レヴィは心を決めて、ゆっくりふり返った。
「よかったら、食べてください」
 そして、愛のかけらもない言葉にいささか拍子抜けした。
 差し出された箱を黙ってうけとり、ハナコがじっと見ている前で封をほどいていく。
 ふたを開けると、チョコレートの甘いにおいにまじって柑橘系の甘酸っぱい香りがふわりと広がった。
「甘すぎるのは苦手かと思ったので……砂糖は使わないで、オレンジ・マーマレードをまぜこんでみたのですが」
 こじんまりとしたマフィンだった。ほどよく焦げた蜂蜜色の表面に、チョコレートできれいな花の絵が描かれている。器用なことをするやつだ、とレヴィは思った。
「義理か?」
 思わずそう尋ねていた。尋ねてから、なにを言っているんだオレは、と自己嫌悪に陥った。
「ぎ、義理なんかじゃないです!」
 ハナコはすぐに頭をふった。
「……本気です」
「その言葉の意味を、分かっているのか?」
 意外な返事につられて念を押す。ハナコは顔を真っ赤にさせてうつむきがちになりながら、黙ってうなずいた。レヴィはくぐもった声をあげて狼狽した。うろたえているのを悟られまいと、マフィンをひとつ手にとって慌てて口に突っこむ。オレンジの香りが口いっぱいに広がった。甘酸っぱさに頭が冴えていく感じがした。
「……悪くない味だ」
「よかった」
 ハナコの顔がぱあっと明るくなった。
 レヴィは彼女の笑顔を見つめて、あらためて自分の気持ちを確認した。
 まどろっこしいのは、オレのほうだ。こいつも相当回りくどいが、こいつの勇気をふりしぼった行動から逃げているのは、オレだ。
「私、紅茶淹れてきますね」
 にこにこしながら部屋を出ていこうとする。レヴィは箱を机に置き、ハナコの背中に「待て」と声をかけた。
 ふり返りかけた彼女の手をひいて、腕の内におさめる。紙切れみたいに軽くてほそっこい身体が、大きな腕の中でぎこちなく震えた。小さくてやわらかい感触に戸惑いつつも、レヴィは腕をゆるめることはしなかった。
「……ハナコ」
「は、はい」
 胸のあたりでかぼそい声がした。
「あ、ありが……い、いや、違う。こんな台詞ではない」
 ぼそぼそつぶやく声に、ハナコは耳を傾けたようだった。
 レヴィは一度せきばらいをして、遠回りな言葉をやめ、率直にものを言おうと決めた。
「好きだ、ハナコ」
 ハナコをぎゅっと抱き寄せて、レヴィはささやいた。
 小さな身体はひとたび折れそうなほどに震えた。やがておずおずとハナコは、レヴィの胸元に寄りそうように頬を寄せてきた。
「私も、好きです。レヴィ隊長――」

   ◇
 
「食べても食べてもなくなんねーよ。マーモン、ちょうどいいや、このチョコ食べる気ない?」
 通りすがりのマーモンはふんと鼻を鳴らした。
「もういらないよ、ベル。食べ飽きた。せいぜい食べすぎて鼻血を出すがいいさ。それはいったいいつから食べてるわけ?」
 ふよふよ飛んできて、嫌そうな顔をする。
 テーブルの上には、これでもかというほどのチョコレートがところせましと乗っけられていた。ベルフェゴールがちょっと腕を動かしただけで、チョコレートのいくつかがぼとぼとと床に落ちていく。あたりにははがした銀紙やリボン、紙クズが無造作に散らかっていた。
「いつから食べてるって、昨日からずっとに決まってるだろ」
 ベルフェゴールはちぇっと頬をふくらませて、またひとつ口にほうりこんだ。
「大人気なのは嬉しいんだけどさぁ、好きなやつ以外からもらったチョコなんて嬉しくもなんともねーよ。それでもちゃんと受けとってやるんだぜ。うわー、オレってまじで親切じゃない?」
「なかなか厄介な親切だね。まぁ彼女達はそれでいいんだろうから、いいんだけど」
「でも処分に困るんだよなぁ。ボスの炎に燃やしてもらおうか……あ、レヴィ!」
 屈強な影が通りすがった。
 レヴィはちらりと顔をむけて、テーブルの上のチョコレートを見つめた。
「おまえ、今年のバレンタインもどうせいつもどおりだったんだろ。このテーブルの上のやつ、いくつでも好きに持っていっていいぜ」
 レヴィが悔しそうにチョコレートをもらっていくことを期待して、ベルフェゴールはにやりと笑った。
「必要ない」
 しかしレヴィは笑みをうかべるだけで、寄ってこようともしなかった。
 ベルフェゴールはレヴィの予想外の反応にどきりとして、思わず椅子から立ちあがった。
「は? おい、待てって。必要ないってどういうことだよ。しかもなんだよ、その勝ち誇ったような笑みは。どうせゼロだったんだろ、無理しなくても……」
 レヴィは一度もふり返らずにすたすたと歩いていく。ベルフェゴールはあんぐりと口を開けた。
「なんなんだ、あいつ」
「レヴィ――さてはチョコレートをもらったな」
 マーモンがぼそりとつぶやいた。
「これは金になりそうだ。詳しく調べてみよう」
「あ、ちょっと待てよ、マーモン!」
 ベルフェゴールはチョコレートをほったらかしにして、飛んでいくマーモンのあとを追いかけた。あのいかつい顔のレヴィが見せた、とびきり幸せそうな微笑みの理由を知るために。

     おわり
 
 TITLE:vertigeより「オレンジ・マーマレード」
 DATE : 2008.1.27

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