pallone(S・スクアーロ夢)

「もしリボーンで恋愛ADVを作るなら」の設定。
生徒会長ザンザスのお気にいりのあの子をついつい目で追ってしまう高校三年生のスクアーロ。
一週間後のテストに備えて勉強しようとした矢先、顧問のテュールの計らいにより彼女とふたりきになってしまったスクアーロがいらいらしたりもやもやしたりする……という学生パラレルです。

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 まただ。
 また、あいつがこっちへ来る。花子。
 スクアーロはそこではっとして目をつぶった。花子はスクアーロには気づかず、忙しそうにばたばたと廊下を通りすぎていく。よかった。オレには気づいていない……。
 ほっとして目を開ける。瞬間、ひょいと顔を覗きこんできた金髪の男子に仰天してスクアーロはものすごい怒鳴り声をあげた。「う゛お゛ぉい! いきなりなんだぁ!」
「何って、スクアーロがなんだか辛そうな顔してたから」
 大声に驚きながらも、心配そうにスクアーロを見つめるディーノ。
「いきなり目ぇ閉じてどうしたんだよ。見たくないとでも言わんばかりだったけど。幽霊でも見えたのか?」
「んなわけあるかぁ……」
 スクアーロは口をつぐんだ。不用意に口を開けば、勉強の成績はともかく何かと聡いところのあるディーノに感づかれてしまう可能性がある。
 そうだ。言えるわけねぇ。いつからかあいつを、花子を目で追うくせがついてしまったなんて。
 きっかけは彼女が生徒会にやってきたことだと思う。いや、ザンザスがやたらと彼女を気にかけるようになってからというべきか。
 ザンザスの好みとは正反対の、色気のかけらもない女子生徒。それなのにどうしてザンザスはこの女をそれほどまでに気に入っているのだろう。イタリアで過ごした子ども時代、中学生だった時から彼に忠義を尽くしている自分でさえザンザスには足蹴にされるような扱いしかされないのに、ひょっこり現れたこの女は、どういうわけかあっというまにザンザスの気持ちを自分の方へ向けさせることに成功したのだ!
 そのことに気づいたときは、いらいらしたし、むかむかした。らしくないが、嫉妬もしたと思う。会えば憎まれ口を叩き、見かけるたびに睨みつけ……そして……そして、どういうわけか、スクアーロは花子を目で追いかけるようになっていた。嫉妬のためでも、怒りのためでもない。それでは何のためなのか。そのことを考えるとスクアーロは怖いような苦しいような気持ちになる。その「何か」の正体を口にしてしまったら、これまでのザンザスや花子との関係がいっさい変わってしまうような気がするのだ。
 分かるのは、締めつけられるような、あるいはちくりと刺すような胸の痛みを感じること。そして、できるだけ長く見つめていたいのに、花子がこっちを見ると目をそらさずにはいられないこと。おかしくなっちまったのかな、オレ。まずいよな。だめだよなぁ。部活中にも、以前には絶対にしなかったようなミスをすることが増えた。顧問のテュールに注意されることも。
 そうして、スクアーロは花子を見るのを意図的に止めた。目を閉じることで。単純なやり方だが、間違ってはいないと思う。こうすることでしか、自分の気持ちから目をそむけることができない。
「そういえば……花子のことだけど」
 スクアーロはぎくりとしてディーノを見た。「やつがどうしたぁ」
「さっき走っていったけど、ああも忙しそうだと声かけるのためらっちゃうよなぁ。いっしょに買い物にいこうと思ったのに」
「はあ!?」
「え?」
 ディーノが目をぱちくりさせる。「な、なんだよ。オレ、何かまずいこと言った?」
「別に」
「ほ、本当に……?」
 無論、嘘だ。ディーノはスクアーロの気に障ることを口にした。
 というのも、近頃やけに花子を気にかける男が増えたのだ。少し前まではそんなに目立つ生徒ではなかったのに、なぜなのか。理由はよく分からない。たぶん、花子が誰かれ構わず優しく接するのが原因なのだと思う。それが彼女のよさのひとつなのだろうが……。
 そして、彼女と会話したり行動を共にしたりした人間は男女問わず何かしらの変化を迎える。ディーノもそうだ。へなちょこと呼ばれていた弱虫のディーノが急にめきめきと力をつけ、以前よりは堂々と振る舞えるようになったのには、花子との交流が関係している(らしい)。実際、スクアーロも最近になって性格が丸くなった、とげとげしいところが少なくなったと言われるようになった。自分ではまったくそんなことはないと思うのだが、他人にはそう見えるらしい。
(なんであいつとちょっと話しただけでそんなふうに思われちまうんだか……オレは学年一といっていいくらいの不良だったんだぞ。それがどうしてこんなことになっちまったんだぁ。剣の道とザンザスにだけ全てを捧げた、そのつもりだったのに……)
 ふてくされたような態度のスクアーロを不思議そうに見つめるディーノ。「そ、それならいいんだけどさ……ロマーリオの誕生日プレゼント、いっしょに選んでもらいたかったのにな。テストが終われば文化祭の準備も始まる頃だし、生徒会も忙しいのかなぁ。……でもおまえは暇そうだよなぁ。おまえだって生徒会のメンバーなんだろ?」
「花子はザンザスに気に入られてるからなぁ」
 スクアーロはぷいと視線をそらした。
「気に入られているというより、こき使われているというべきか。今だってどうせザンザスに電話かメールで呼びだされて慌てて生徒会室に飛んでいったんだろうよ。あの御曹司、人づかい荒いからなぁ。たいした用事もないくせに」
「……スクアーロ、なんか怒ってる?」
「あ゛ぁ゛!? 怒ってねぇよ!」
「そ……そうかな……?」
 いまいち納得のいっていない表情のディーノに背を向け、さっさと剣道場へ向かう。いらいらする気持ちを忘れるのには剣をふるうのがうってつけだ。

 ところが、剣道場には部員の姿はひとりも見当たらなかった。いたのは副顧問の「幻騎士」である。
「どうした、スクアーロ。何か用か」
「何って……どうして誰もいないんだぁ? 部活は?」
「テスト一週間前だ。部活動は運動部、文化部問わず休みだと今日のホームルームでテュールが話していたはずだ。聞いていなかったのか?」
 幻騎士の淡々とした口調にスクアーロは力なく頷いた。そういえばそんなことを言っていたような気もする。今度の合宿の練習メニューを書きだすのに夢中であまり聞いていなかった。
「……で、そういうおまえはここで何してるんだぁ?」
「掃除だ」
 見れば分かるだろう、とでも言いたげに幻騎士が目を細める。確かに、ほうきやぞうきんを手にしているところから、どこをどう見ても掃除中である。
「ふだんはおまえを始めとした剣道部員が朝から夜まで入り浸っているからな。徹底的に掃除するとすれば今しかあるまい」
 磨かれた床がきらきら光っているようにさえ見える。どちらかというとこの男が苦手だったスクアーロは、変わったものを見るような目つきで幻騎士を眺めた。「おまえがそんなくそまじめな男だったとは意外だぜぇ……」
「そんなことより勉強はいいのか」
 顔をあげぬまま、幻騎士。
「部員たちの何人かは図書室で勉強しているようだぞ。おまえも……」
「分かってるよ。うるせぇな」
「現国と古典、今回はどちらも出題範囲が広いからな」
 ぞうきんできゅっきゅっと床を拭きながら、「特に前回の現国はさんざんだったと聞いた。今回も同じような点数なら、温厚なあの男もさすがに黙ってはいるまい」
 スクアーロはぎくりとしてテュールの顔を思いうかべた。怒ったときのやつはかなり怖い。
「成績が悪かったからって、あんなに怒らなくてもいいのによぉ……」
「おまえはテュールのお気にいりだからな」
 幻騎士が小さく笑った。
「もっと自覚を持つべきだ。おまえはあらゆる剣技を知りつくした剣帝と呼ばれる男の弟子だ。出来が悪ければ怒られるのは当たり前だろう」
「弟子ぃ?」
「西洋の、それもかなり古い時代の構えまで教えてもらっているのは部員ではおまえだけのはずだ。あの男は、おまえが古今東西の剣技を吸収し、いずれは第二の剣帝と呼ばれるようになることを望んでいる。特別扱いするのは当然だ」
 スクアーロは頭をかいた。あの野郎、引退したらオレに面倒ごとをぜんぶ押しつけるつもりだぁ。
「……分かったよ。勉強すりゃいいんだろ。勉強すりゃあ」

 とは言ったものの、図書室に向かうだけで勉強する気力が湧いてくるはずもない。
 図書室へ向かう足を途中で止め、スクアーロは別方向へ向かった。新しく建設された校舎とは正反対に位置する、古い時代の面影を残した旧校舎。行き来する人も少なく、生徒が立ち入るとすれば特別な行事ごとで一階の大広間を使うときくらいのものだ。
 スクアーロはこっそり周囲の様子をうかがい、「一般生徒立ち入り禁止」の札がぶらさげられた鎖をかいくぐって階段を駆け下りた。明かりとりの小窓に身体をすべりこませ、ベランダに出ると、古くさい小さな引き戸に手をかける。出入りを塞ぐようにして立て置かれていた邪魔な置物を脇にどけると、なじみの風景が見えた。
「……へへっ」
 思わず笑い声をあげた。この部屋は、いつだって静かにオレを迎えいれてくれる。
 日光をさえぎるためのカーテン。山のように積まれた古い本のにおい。鍵をかけられた、旧校舎の書庫室。教科書を読むのは嫌いだが、ここにある本はいつでもオレを愉しませてくれる。誰がいつそうしたのか分からないが、部屋の奥まったところにある壁の一部が壊されて、秘密の出入り口になっているのだ。昼寝をしたり授業をさぼったりするのにちょうどいい場所だった。まさか鍵つきの部屋に生徒が忍びこんでいるとは教師どもも思うまい。
 スクアーロはうんと伸びをし、かばんの中を漁った。勉強といってもペンを握って机に向かうのは性に合わない。ごろりと横になってテキストを眺めているくらいが……。
「誰だっ!?」
 スクアーロはばっと顔をあげた。そして仰天した。
 思わず、その名が口に出た。「花子」
「おや」
 びっくりするあまり口を開けたままぽかんとしている花子の横の本の山から、テュールがひょいと顔を出した。「スクアーロ。何してるんだい、こんなところで」
「そ、そういうおまえこそ、何を」
 どぎまぎしながら言う。花子の登場にも心底驚いたが、そのすぐそばにテュールがいたことにも驚きを隠せなかった。別にやましいことがあるわけでもないだろうに。
「何って、本だよ、本。彼女が読みたいというから」
 テュールはそう言って花子に目配せする。どこか恥ずかしそうに頷く花子に、スクアーロはわけも分からずいら立つのを覚えた。「だからって」
「そういうおまえこそ、こんなところに何の用だい。ここは一般の生徒には解放してない場所のはずだけど」
「ここはオレの……」
 お気にいりの場所なんだよ、と言いかけて、自分が秘密の扉から出入りしていることを思いだす。ばれたら、あの出入り口をふさがれてしまうかもしれない。
「オレも本に興味があって」
 適当な言葉を探して口をもごもごさせる。
「前に、連れてきてもらったことがあるんだぁ。誰だったか、教師どもの中の誰かに」
 よく考えてみれば、オレが来たときからとっくに電気は点いていたし、鍵が開いた気配もしなかった。テュールたちがここへ来たのはオレが来るよりもずっと前だ。
「その時のことを思いだしてここへ寄ってみたら、おまえらがいるもんだからさ。びっくりしちまったぜぇ。ここっていい本が揃ってるだろぉ。静かだし、勉強するならあっちの図書室よりこっちの方が落ちつくだろうなって」
「ふうん。まあ、確かに向こうの図書室よりはかなりいい本が揃っているからな」
 テュールはちょっと疑わしそうな顔をしていたが、追求しても仕方のないことだと判断したらしい。山のように積まれた本をぐるりと眺めて、嬉しそうに笑った。
「先生たちの中にさえここの本の価値が理解できない人もいるってのに、おまえはなかなか見る目があるな。さすがはオレの生徒だ」
「こっ、子ども扱いするんじゃねぇ!」
 頭を撫でる手をはねのけ、スクアーロは壁際に後退した。
「はは。それより勉強は進んでいるのか? いつも部活を言い訳に勉強をさぼっているようだが、今は剣道部が休みだからな。言い訳には使えないぞ」
 笑いながらそう言って、花子に視線を戻す。
「目的の本は見つかった?」
「はい!」
「それはよかった。それじゃあオレは職員室に戻るから、気が済んだら鍵を閉めてオレのところにおいで。オレ以外のやつには鍵を返しちゃいけないよ。それからオレが出ていったら、内側から鍵を閉めてほかの誰も入ってこられないようにするんだ。ここは一応一般の生徒は立ち入り禁止だから。本を持ち出すのも禁止。ばれたら文字どおりオレの首が飛ぶからね」
 アンティーク調のちっぽけな鍵を花子に手渡す。
「ここってそんなに危ないところなんですか?」
「なんでも、古い資料や書類もいろいろ置かれているそうだから。今は由緒正しい歴史のある学校ってことになってるけど、昔はいろいろあったらしくてね。校長や教頭がここを立ち入り禁止にしたがるのもわけがあってのことなんだろう」
「その立ち入り禁止のところに、わたしなんかが入ってもいいのでしょうか……」
「君はいいんだよ。オレが認めたんだから」
 冗談っぽく言って、スクアーロにちらりと視線を向け、「そこでふてくされてる生意気なのもね」
「けっ!」
 スクアーロはうつむきながらわざとらしく大きく舌打ちした。テュールはけらけら笑いながら、「じゃあ、オレはそろそろ行くけど。花子、もし君さえよければこいつの勉強を見てやってくんないかな」
「え?」
「はあ!?」
 スクアーロは思いきり顔をあげた。「何言ってんだおまえ、こいつは一年だぞ。三年のオレの勉強なんて分かるわけ――」
「少なくとも、今のおまえよりはかしこいと思うけどなぁ」にやにや笑いをうかべるテュール。「何も勉強を教えろって言ってるわけじゃない。こいつがちゃんと勉強しているかどうか見張ってくれているだけでいいんだ。そういう意味では、君はうってつけの人材だとオレは思うんだけど」
 スクアーロにものすごい表情で睨みつけられた花子は視線を右往左往させていたが、テュールに見つめられてようやくこくりと頷いた。「わ……わたしでよければ……」
「う゛お゛ぉい……」
 本気かよ。

          ◇

 それからきっかり一時間経った。
 いらいらとノートの隅っこを塗りつぶす。さっきから、教科書の頁を一度もめくっていない。
 それもこれも向かいにあの女子生徒が、花子がいるせいだ。
 スクアーロは唇を噛んだ。気になって仕方がない。文字を追って伏し目がちになっている表情も、頁をめくるときの指の手つきも、その行動のひとつひとつ、何もかもが。いっそ会話のひとつやふたつくらいした方が気が楽になるかもしれない。沈黙というのはどうしてこうも耐えがたいものなのか。
 考えてみれば、テュールはこうなることを予測して自分と花子をここに置き去りにしたのかもしれない。何もかも分かっていてそうしているんだ、あいつは。きっと、オレがあんなに真剣だった剣道に「中途半端」になってしまったのが花子のせいだということも分かっている。もしかすると、当事者であるオレ以上に。
 胸の痛みが増すのを感じる。どうにか気をそらしたくて、スクアーロは部屋の中に視線をさまよわせた。
「……なんの本読んでるんだぁ」
「え?」
 花子が顔をあげた。
「そんなに真剣に読みふけるほど、面白い本なのかぁ」
 ぽかんとした顔つきを、スクアーロはじっと睨みつけた。花子は何も言わずに肩を縮こまらせている。
「あ」
 身を乗りだし、花子の手から本を奪いとる。ぱらぱらめくってみると、見たことのある図が目に入った。教本で見かけるのよりずっと古い時代に描かれたものだが、形はほとんど同じだ。「西欧の剣技の本なんて読んでどうすんだぁ、おまえ」
 口をぱくぱくさせている花子を無視し、本に見入る。
「こんな本もこの部屋にあったのかぁ。えらく古い様式の構えばっか載ってんなぁ。こんなの読んで何するつもりだぁ。フェンシングをやってるわけでもあるまいし」
「……」
「そもそも正式な試合じゃこんな技はとっくに禁止されてるし、こんな古くさい構え、いまどき誰も使わねえぞぉ。古今東西の剣技を知りつくした剣の使い手でもなきゃ……」
 そこまで言って、スクアーロははっとした。
 花子を見る。
 きゅっと口元を結んだ少女の顔が真っ赤になっている。
(古今東西の剣技を知りつくした剣の使い手でもなきゃ……)
 自分の言葉が頭の中で反響した。そんなやつ、オレは世界にたったひとりしか知らねぇ。何もかも分かり切ったような笑みをうかべる、あの男。テュール。
「おまえ、まさか」
「違います!」
 花子が物凄い勢いで反論した。こちらはまだ何も言っていないのに。スクアーロを目を細めてじっとりと花子を睨みつけた。
「……なるほどなぁ。ああいう男がいいのか」
 ばたんと本を閉じる。花子がびくりと肩を震わせた。
「スクアーロ先輩?」
「帰る」
 教科書とノート、ペンをかばんに突っこむ。
「でも、勉強は……」
「おまえはテュールに言われたからここにいるんだろうがぁ。オレが帰ろうがどうしようがおまえには関係ねぇ。ここにいたけりゃ好きなだけここにいろぉ」
 泣きだしそうに歪んだ花子の顔から無理やり視線をひきはがし、机の上の部屋の鍵をひっつかむ。自分勝手なことをしていると頭では分かっていたが、それ以外にどうすることもできなかった。
「違います!」
 急に立ちあがった花子が、扉から出ていこうとするスクアーロの前に立ちふさがった。
「何が違うっていうんだぁ」
 いきなりのことにびっくりしながらも花子を腕で突き放そうとする。だが花子は両腕を広げたまま、鎖か何かで縛りつけられたようにその場を動かなかった。
「違うんです……」
「だから、何が」
 いらいらと突っぱねる。
「わたしが好きなのは……」
 花子が鼻をすすり、口を開くが、そこで言葉を飲みこんでしまう。
「う゛お゛ぉい! もういい!」
 スクアーロはかっとなって怒鳴りつけた。はっきりしない花子の態度に苛立つあまり、なじるような口調になる。「てめぇが誰を好きかなんて、分かりきったことを聞くつもりはねぇ。いいからさっさとそこをどけぇ。めざわりだぁ!」
「先輩は、勘違いをしてる」
「うるせぇ!」
 思わず手が伸び、両肩につかみかかった。殴るつもりなどないはずなのに。
「わたしが好きなのは――」
「いつの時代のもんかも分からないような古くせぇ構えを使う、物好きの、古今東西の剣技を知りつくした強い剣士様だろうがぁ。オレの知るかぎりじゃひとりきりだぁ。あいつしかいねぇ」
「もうひとりいます」
 目尻にたまった涙をふりはらい、花子が言った。
「その人のことをもっと理解したかった。最近、なんだか冷たくされているような気がして……わたしのこと、ちっとも見てくれないし、視線もあわせてくれないから。どうすればもっとその人に近づけるかを考えたんです。その人のすることに興味を持てたら、もしかすると一歩でも近づけるんじゃないかと思って。だから」
「冷たくされている? どこが……」
 そこでひとつの可能性に思いあたり、言葉を止める。
(いきなり目ぇ閉じてどうしたんだよ。見たくないとでも言わんばかりだったけど……)
(西洋の、それもかなり古い時代の構えまで教えてもらっているのは部員ではおまえだけのはずだ。あの男は、おまえが古今東西の剣技を吸収し、いずれは第二の剣帝と呼ばれるようになることを望んでいる)
 もしかして、こいつの好きなのは……。
 そう考えるのはうぬぼれなのだろうか。まさか。しかし、今の花子の言葉どおりに考えるなら思いつく人物は自分ひとりしかいない。今のこの状況で花子が逃げださないのも、こんなにも自分を引き止めるのも、そういう理由なら納得がいく。
「……あ゛ー」
 肩にかけていたかばんがどさりと床に落ちた。スクアーロは間の抜けた声をあげ、花子の肩に頭を乗せた。びくりとして身体を硬直させた花子を自分の方へ抱きよせる。
「うぬぼれちまっていいのかぁ、オレは……?」
 花子の髪を撫でつけながら呟く。抵抗せずにじっとしているということは、このままこうしていてもいい、そういうことなのだろうか。
 急に自分の気持ちに正直になる気分になった。もっと早くこうしていればよかった。自分の中で、誰かがそう囁くのが聞こえた気がした。
「……まさか、おまえの口からそんな台詞が聞けるとはなぁ」
「え?」
「好きなのはオレなんだって。オレに一歩近づきたいんだって。そうならそうとはっきり言ってくれれば、オレだって変な勘違いをせずに済んだのによ。テュールなんかにおまえをとられたら、それこそ気が狂っちまいそうだぁ」
 花子がぽかんとした顔になった。かと思うと、急に爆発的な勢いで赤くなった。告白まがいの言葉を述べたことに今更気づいたとでもいうように、あたふたしてスクアーロの肩を叩く。そしてどうやってもスクアーロが自分を放してくれないのを知るとおとなしくなった。スクアーロはくっくっと笑った。このままほうっておいたら、空気の抜けた風船のように小さくしぼんでしまいそうだ。
 と、彼女のポケットの中で携帯電話が震えるのを感じた。ザンザス先輩、と花子が呟く。「何か用事かも」
「後にしろぉ。本当に大事な用ならもう一回くらい連絡が来る」
 もぞもぞ身体を動かして携帯電話を取りだし腕の中から抜けだそうとする花子をひきとめる。ついでに携帯電話を奪いとって、床に置きっぱなしの自分のかばんに放り入れてやった。ついでにこの部屋の鍵もいっしょに。あ、と小さく非難の声をあげる花子を無視してかばんを足で押しやる。これでもう誰にも邪魔されないはずだ……少なくとも、今は。今だけは。
「あの、テスト勉強……」
 次第に追いつめられている自分に気づいたのか、花子がささやかな抵抗を試みてきた。
「そんなもん、どうでもいい」
 強くつっぱねる。実際はちっともどうでもいいことはないのだが、今日ぐらい勉強をさぼっても許されるだろう。 「どうして電話に出ないって怒られたら、オレからザンザスに言ってやる。おまえの電話なんかより、もっと大事な用があったんだってなぁ――」
 とはいえ、実際にそんなことを口にしたらザンザスにぶん殴られるのだろう。それでもできるだけこの時間が長く続いてほしかった。どういうわけか近頃になってどいつもこいつも花子を気にいって自分の手の内におさめようとしやがる。誰にも邪魔されないのなんて、今くらいだ。そう思いながら、スクアーロは今は恋人となった少女の身体をいっそう強く抱きよせるのだった。

     おわり

DATE : (2013.07.21)

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