ヴァリアーの平隊員が本部の女に嫌がらせをしている場面に出くわしたスクアーロ。その女の顔になんとなく見覚えがあるような……?
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スペルビ・スクアーロがその騒ぎに気がついたのはその日の昼ごろだった。
「申し訳ありません!」
そう何度も叫ぶ悲鳴に近い声と、男の怒鳴り声が聞こえた。
いつもであればそう気にもとめない出来事であったが、その声は奇妙にスクアーロの心をとらえて離さなかった。気がついた時にはそちらに足が向いていた。見ると、数人の隊員が、ひとりの女を囲んで口々に罵声を浴びせたり怒鳴りつけたりしていた。
女は床に膝をついてばらばらに飛びちった紙を必死にかき集めている。わざとらしく紙を踏みつけ、その様子を見下ろしてにやにやと笑う男たちの顔が目についた。
……くだらねぇ。
スクアーロはため息をついた。今日は本部から何人か使いが来ることになっていたはずだ。隊服を着用していないところから考えて、あの女はおそらくそのひとり。大方、のこのこやってきた本部の人間に少し痛い目見せてやろうと数人の男でからかい半分にぶつかったのだろう。からかい半分といっても相手は大の男。それも屈強な暗殺者たちだ。女があっけなく吹っ飛んだのが目に見えて分かるようだった。
「おい、さっさと片付けろって言ってんだろ。早くしねぇと――」
男たちのひとりがスクアーロの方を向いた。
仲間の服のすそをつかんでひっぱる。なんだ、後にしろ、と邪険にふりはらっていた仲間たちもあまりのしつこさに怒りが募ったか、なんだよ! と大声をあげてふり返った。しかしスクアーロの姿を目にしたとたんびくりとし、申し訳なさそうに一礼したかと思うと、そそくさと足早にその場を去っていった。
「……ふん」
スクアーロは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
と、女が手をとめて顔をあげた。
スクアーロはどきりとした。女の顔に見覚えがあった。確か――九代目の守護者のひとり、コヨーテ・ヌガーが連れていた……
「申し訳ありません。すぐに道を空けます」
睨まれていると思ったのか、女は慌てた様子で足元の紙を寄せ集め始めた。
「別にいい」
スクアーロは言った。どこか必死な女の顔は今にも泣きだしてしまいそうに見えた。
――そういえば、あの時も彼女は泣きだしてしまいそうだった気がする。あのクーデターの直後、捕らえられ、引き立てられていく自分たちを、彼女は老いたコヨーテの後ろで見ていた。目にいっぱいの涙をためて、やめて、連れていかないで、と状況も分からないのに必死に訴えて大人たちを困らせ、ついにはコヨーテに平手で叩かれたのが最後に見えた。
女の方はもはやスクアーロのことも覚えていないのか、立ったまま自分を見下ろしてくる背の高い色白の男に恐怖を隠せないようだった。スクアーロはふたたびため息をつくと、ためらうことなく床に膝をついた。
「あ……」
まだちょっとおびえた様子の女が眺めるそばで、てきぱきと書類を拾いあげる。膝の上で簡単にととのえて、ひとつにまとまった紙の束を差しだした。
「ほらよ。いらねぇのかぁ?」
女はしばらく書類の束とスクアーロとを遠慮がちに見比べていたが、やがておずおずとそれを受けとると、スクアーロを見あげ、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
つられてスクアーロも微笑んだ。そういえば、彼女の笑った顔を見るのはこれが初めてのような気がする。不思議と胸の奥が温まるのを覚え、スクアーロはそんな自分を奇妙に思った。たかが女ひとり助けただけなのに、なぜこんなにも嬉しい気持ちになるのだろうか。
ただ、分かることは、自分が決して彼女に嫌な感情を抱いていないということ。彼女を嫌いではないということだ。
八年前のあの日、彼女は自分たちを連れていかないように訴えてくれた。小さな彼女がヴァリアーの人間が何をしようとしていたか理解していたとは思えない。それでも彼女は確かに、スクアーロを、ヴァリアーを助けようとしてくれたのだ。
そのことだけでも、スクアーロには彼女に恩義を感じる充分な理由がある。少なくとも、あの隊員たちがしたような振る舞いや仕打ちは彼女に加えられるべきものではないはずなのだ。
「立てるか?」
手を差しだして支えながら、スクアーロは彼女を立ちあがらせた。
「これからは、何かあったらすぐに言え。助けを求めろ。面倒なことになる前に」
見られていたとは思っていなかったのか、女はうつむいて「はい」と答えた。申し訳ないような恥ずかしいような複雑な表情をしている。
「それと――オレの名前――スペルビ・スクアーロの名を出せば、ここにいる大抵の奴は引きさがる。何かあった時にはオレの名を出せ。そうすれば今のようなことはなくなる」
「わかりました。ありがとうございます」
「よし。わかったらさっさと行けぇ。上司が待ってるんだろ」
女はうなずいて背を向けた。コヨーテ・ヌガーが彼女に同行しているかどうかまではスクアーロも覚えていない。が、拾いあげた書類の何枚かにははっきりと足跡のついたものもあった。それを見たコヨーテがまさか黙っているはずもないだろうな、とどこか他人事のように考えながら、スクアーロは立ち去る女の姿を見送った。
「あの!」
女がいきなりくるりとふり返った。
「わたし、ハナコといいます。本当にありがとうございました、スペルビ・スクアーロさん」
一礼してにこりと笑うと、今度こそふり返らずに歩いていった。
「……ハナコ、か」
ぽつりと呟いて、スクアーロも歩きだした。八年ぶりの再会に、懐かしさと、ほんの少しの恋心に似た気持ちと、そして来たるべき嵐の到来を予感しながら。
おわり
TITLE:vertigeより「恋と気づく瞬間」
DATE:2010.6.21
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